状態: 完結, 文字数: 3,031, 投稿数: 9 # ウェットスーツのウェットマン(仮) 426 :ウェット ◆QzQurztg:2004/02/15(日) 05:02 某企業の○周年のイベント。 社員と、その家族を招待したちょっとしたパーティだ。 そのパーティのメインのイベントであるウェットマンのミニショー。 そのショーが、たった今、終了したばかりだ。 2体の怪獣が控え室にはけていく。 ウェットマンもポーズを決める。 シュー、シュー、シュー、シュー。 自分の呼吸音だけが、面の中に大きく響く。 ポーズが決まり、ステージを去ろうとした瞬間、最前列の子供たちが飛び出してきた。 あっという間に、子供たちに取り囲まれるウェットマン。 助けを呼ぼうとしたが、MCはすでに怪獣を導線しながら会場を後にしていた。 「まあ、ちょっと子供の相手してから帰るかな」 子供には、ウェットスーツの手触りが珍しいのかな? 何故か知らないけど、股間を一生懸命触ってくる子供もいる。 ひとしきり遊んで、子供たちも飽きてきたのか、バラバラと散っていく。 そして、いざ帰ろうとすると、 「ちょっと待った! ウェットマン」 声に振り向くと、そこには酔っ払いのオヤジがいた。 427 :ウェット ◆QzQurztg:2004/02/15(日) 05:03 オヤジは、なれなれしく絡んできた。 「はあ~」 アルコール臭い息が、面の目と口の隙間から入ってきた。 「君のウェットマン、もうちょっと動きが良ければなあ…」 ビールをグラスに注ぎ、飲み干すオヤジ。 「君も一杯…そうか、その格好じゃ飲めないな…」 うんうんとオーバーアクションでうなずいてみる。 「そうだ! 顔だけ、顔だけ出そう!」 必死で逃げるウェットマン。 「逃げちゃだめ! ウェットマン君! 待ちなさいっていうの!」 テーブルには、料理や飲み物がたくさん乗っている。 視界の悪いスーツで、そんなテーブルをすり抜けるのは、至難の業だった。 「ほーら、逃げちゃだめだよ」 ウェットマンはすぐに、酔っ払いオヤジにつかまった。観念するしかないのか… 後頭部のファスナーに手がかけられる。 ジッー。 ファスナーが下ろされる。 ウェットマンのスーツと一体型になった面が外され、中の顔があらわになった。 428 :ウェット ◆QzQurztg:2004/02/15(日) 05:04 「あれ? 女の子なの?」 さやかは、汗だくの顔でハアハアしている。 酔っ払いオヤジは、さやかの顔を凝視した。 酔っ払いオヤジに無理矢理脱がされたという屈辱に、さやかは顔をゆがめた。 でも、新鮮な空気がいっぱい吸えて、気持ちがいい。 「飲める?」 ビールとグラスを指し出すオヤジ。 もうやけだ。 グラスのビールを一気に飲み干した。 ショー後のビールの旨いこと。 「いい飲みっぷりだね」 オヤジは再びグラスにビールを注ぐ。 それをすぐまた飲み干す。 どれくらい飲んだだろうか。 さやかは、尿意をもよおした。 429 :ウェット ◆QzQurztg:2004/02/15(日) 05:05 酔っ払いオヤジに体よく断りを入れて、さやかは会場を出て、トイレに向かった。 ファスナーを下ろし、顔を出したまま廊下を走った。 面が胸のクリアパーツにぶつかって傷つかないよう、手で支える。 個室に入り、ウェットマンを脱ぐ。 下は、Tシャツにスパッツといういでたちだ。 安堵の表情で、用を足す。 「ふー」 水を流して、再びウェットマンのスーツを着る。 さっきは、もれそうで慌てて顔を出したまま廊下を走ってきたが、戻るときはそうはそうもいかない。 ウェットマンのスーツ。 スーツと面が一体型で、背中にお尻から頭のてっぺんまでのファスナーがある。 面が別パーツのタイプもあるが、さやかが着ている初代ウェットマンは、オーソドックスな一体型だ。 プロテクターがついているウェットマンだと難しいが、初代のように装飾がないタイプの場合、体が柔らかければ一人で脱ぎ着ができる。 さやかも例外ではなかった。 さやかは再び、律儀にウェットマンを着なおした。 「この感覚、好きかも…」 430 :ウェット ◆QzQurztg:2004/02/15(日) 05:08 事務所から連絡があったのは、お昼すぎだった。 「ごめん、さやか。今日これから現場は入れる?」 「誰かドタキャンですか」 「ピンポーン」 「モノはなんですか?」 「ウェット」 「えー! 怪獣ですか?」 「うんにゃ」 「スタッフ?」 「うんにゃ」 「まさかこの私にMCとか?」 「うんにゃ」 「え? じゃあ何なんですか?」 「だから、ウェットだって言ったじゃん」 「へ?」 「ウェットマン!」 「私が?」 「今日、動ける男連中全部出払っちゃってるからさ、さやかしかいないんだよ」 さやかは、前からウェットマンを着てみたくて仕方がなかった。 事務所の人事担当から強く言われて仕方なくといった風を装って、OKしたのだ。 431 :ウェット ◆QzQurztg:2004/02/15(日) 05:08 廊下を歩いて、パーティ会場へ戻るウェットマン。 「あれ? どこだったかなあ」 会場がわからなくなった。 試しに扉を開ける。 片っ端から扉を開けるが、どこも違う。 ウェットマンを着たまま廊下を徘徊するさやか。 「あーん」 ようやく会場の部屋にたどりついたが、すでにパーティは終了しており、誰もいなかった。 「え? もう終わってんの?」 パーティ会場を出て、さやかは控え室に向かった。 ×    ×    × 控え室では、撤収が行われていた。 「帰り渋滞に巻きこまれるの嫌だから急げよ」 「はーい」 「忘れ物ないか?」 「あれ? さやかさんは?」 「彼女、家が近いから直帰だって言ってなかったっけ」 「そう? じゃあOKね」 「お疲れ様でーす」 432 :ウェット ◆QzQurztg:2004/02/15(日) 05:09 ようやく控え室にたどり着いた。 しかし、様子がおかしい。 室内は真っ暗だった。 着替えや私物を入れていたロッカーを開ける。 しかし、入れておいたはずのものが、そこにはない。 焦るウェットマン。 急いで部屋を出て、搬入口へ向かう。 車のエンジン音がする。 まさか。 ドアを開け、外を見ると、事務所のワゴン車だった。 「待ってー!」 ウェットマンを着たまま喋った声が、エンジンをかけた車の中には届くはずはない。 慌てて車へと走るウェットマン。 しかし、ドア脇にあったゴミの山に足を取られて、転倒してしまった。 無常に去っていくワゴン。 さやかは、ひとり取り残されてしまった。 ウェットマンを着たまま、ゴミに埋もれて。 433 :ウェット ◆QzQurztg:2004/02/15(日) 05:10 背筋を伸ばして、後頭部のファスナーを右手でさぐる。 が、ファスナーがつかめない。 ファスナーの一番上の部分を触ってみた。 どうやら、何かのはずみで、ファスナーのつまみが飛んでしまったようだ。 「!」 指先で根本をつまんでゆっくり下ろせばいけるかも。 しかし、手袋が脱げない。 マニア諸氏にはおわかりだろうが、さやかの着ている初代ウェットマンは、手袋の継ぎ目を廃した衣装だった。 アトラク用は、ウェットスーツの上から手袋をはめるのではなく、先に手袋をはめてからウェットスーツを着るしくみになっていた。 しかも、汗吸収用に、下手袋をはめている。 指先の細かい作業など、とてもじゃないができない。 「どうすればいいの!」 あせり始めたさやかの動悸は、だんだんと激しくなってきた。 「もう、このままずっと着ているしかないのかしら?」 そう思ったさやかは、その場にへたり込んだ。 そして、今までの疲れが一気に出て、深い眠りについた。 434 :ウェット ◆QzQurztg:2004/02/15(日) 05:12 目が覚めた。 相変わらず狭い視界。 頭の中は、ボーっとしたままだ。 後頭部を誰かに抑えられる。 少し、押される感じだ。 そして、ファスナーがゆっくり下ろされる。 「誰?」 ファスナーを下ろされた手によって、面が脱がされる。 そこは、見慣れた事務所の稽古場だった。 事務所のメンバーが、さやかを見てくすくすと笑っている。 なんとなく、記憶がよみがえる。 女の子メンバー同士、事務所でふざけて、ウェットマンのスーツを着てみた。 「ほらこれ!」 携帯カメラで撮った写真をさやかに見せるメンバー。 身長が146センチのさやかが着たウェットマンは、スーツはシワだらけ、頭でっかちの、それはもう笑えるものだった。 照れ笑いするさやか。 股のところがごわごわする。 「この感覚、好きかも…」 おしまい