ウレタンに包まれて(仮)

状態
未完結
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6,684
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19
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Plain Text
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469みず ◆FRgqoucg
とりあえず、書いてみた。
感想もらえたら、続き書くかも?
470みず ◆FRgqoucg
事務所に呼び出された明美は、マネージャーと共に、会議室へと入った。
いつも机が並べられている部屋だが、今日はそれも片付けられ、部屋の真中に、
なにやら、鞄のような四角いものが置かれているだけだった。
「あれ、ですか?」
「あぁ。ちょっと特殊な形をしているけどね」

明美が呼び出されたのは、昨日の夜。急なマネージャからの電話だった。
「明日、空いてるかな?」
「あっ、はい、大丈夫ですけど」
「それなら良かった。明日、クライアントに下請けから上がってきたものを
渡すんだけど、そのデモンストレーターがいなくて。
それをお願いできたら、と思うんだだけど」
「はい、いいですけど……どんなものなんですか?」
モデルやコンパニオンの仕事を、趣味程度にやっている明美は、
よく臨時・代行として、仕事を回されることがある。
今回も、そんな仕事のうちのひとつの予定だった。
「えっと、着ぐるみ……っていうのかな? 人がかぶって操演する
ぬいぐるみなんだけど」
「えっ……」
471みず ◆FRgqoucg
「急に予定してた娘が用事が出来たらしくてね。それに身長の制限があるから、
誰でもいいわけじゃなくて。お願いできないかな?」
「着ぐるみ……ですか」
いままでいろんな仕事をしてきた明美だったが、
着ぐるみというのは、初めてだった。
コンパニオンの仕事の時に、横で一生懸命愛想を振り撒いていたのを
見ていたことはあり、その後、控え室で、それをかぶっていた女の子が
ぐったりしていた記憶が思い出される。
「なんか、大変そうですね」
「大丈夫、クライアントにその姿とか見せるだけだから、事務所内で
10分程度着てもらうだけだから」
「そうですか……」
「ちゃんと給料は拘束時間分出すし、少し色をつけてもいいし……どうかな?」
明美は少し考えたが、ま、そんなに大変そうではないかな? と、
自分に言い聞かせ答える。
「はい、わかりました、その仕事お受けします」
「ありがとう。助かったよ」
安堵の声が、電話の向こうから聞こえた。
その後、予定を教えてもらい、必要なものを指示されて電話が切れた。
472みず ◆FRgqoucg
部屋の真中に置かれたそれは、茶色の立方体の形をした着ぐるみだった。
いや、たぶん着ぐるみだろうと思えるものだった。
全部の面にチャックがついている……いや、それだけで、
腕とか足とか頭とかが見当たらない。
なんだか取っ手がついているので、鞄にも見えなくも無い。
大きさは、縦、横、共に1m程度。
反対側に回り込むと、目と口が縫い付けてあるのはわかった。
「これ……ですか?」
「そう、足とか全部この中に入っているんだ」
「そう、なんですか」
「まぁ見てて」
そう言うと、マネージャーは、ポケットからカギ束を取り出す。
そして、まず、取っ手のついている側面のチャックのカギを外し、
それを下ろした。
中からは、腕の部品が出てきて、だらん、と垂れ下がる。
反対側も同じように開けると、腕が出てくる。これは着ぐるみ本体に
縫い付けられているようだ。
「こうして腕が入ってるんだ。足も同じように……」
底に当たる部分を開けると、足の部品が出てくる。
これも、縫い付けられている……が、だいぶ短い。
473みず ◆FRgqoucg
「しゃがんで入るタイプだから、足はこんな感じ。で、頭の部分は……」
今度は上部。ここには、帽子のようなものが入っていた。
「これは『ようかんマン』って言うらしいんだけど、それが、
帽子をかぶってるって設定。この中に、頭を入れてもらう感じかな」
よく見ると、小さな穴がいくつかあいている。
「これが呼吸用の穴ですか?」
「そう、ちょっと苦しいかもしれないけどね」
どうみても、ちょっとどころじゃない気もするけど、マネージャーは、
あまりそこには触れない。
「で、後ろのチャックを開いて、出入りする感じ。
前のチャックは完全に飾りね」
「そうですか……なんで、チャックにカギがついているんですか?」
明美はふと聞いてみる。
「だって、ほら、横のチャックとかは開けている状態じゃない?
だから、後ろとか前とかも開けていいのかな? と勘違いした子供たちに
開けられないように、カギで固定するってこと」
「それじゃ、中に入ったら……」
「自力じゃ出れない。けど、ま、サポートの人は絶対に付くはずだしね。
あっ、今日は誰かしらここにいるから、大丈夫」
そう言ってマネージャーは笑う。
474みず ◆FRgqoucg
「とりあえず、クライアントが来る前に着てみてもらえる?」
「あっ、はい。わかりました」
「着替えはこの部屋。スパッツとTシャツに着替えたら呼んで。
着るの手伝うから」
「はい」
「じゃ、よろしく」
マネージャーは、そう言って部屋から出て行った。
残された明美は、まず、その着ぐるみをじっくり見てみることにした。
「表面は、ビニール? じゃ、なさそうだけど、あんまり空気を
通しそうにない素材……」
少しテカテカする表面。手触りはやわらかい感じはする。
「中は……ウレタンなのかな?」
ぎっしりと詰まっているのは、この四角い形を崩さないためだと思うが、
人の入る隙間は、ほとんどない。
「とにかく、暑そう……短い時間でよかった……」
明美はそんな感想を抱く。こんなのに1時間入っていることは、
たぶん出来ない。
「とにかく、着替えよう」
いつまでも、着ぐるみを見ていても仕方ないので、明美は着替えを始めた。
広い部屋。何も隠すものが無い中で、服を脱ぐのはちょっと恥ずかしい感じ。
475みず ◆FRgqoucg
「マネージャー、準備できました」
「はい、ちょっと待って、今行く」
事務所でマネージャを呼んでから、部屋に戻ってくると、
すぐにマネージャーもやってきた。
「着るのもコツがいるらしいから、がんばって」
「はい」
うん、とマネージャーは頷くと、まず、着ぐるみの背中を上にして寝かせた。
「ここからタイツのようになっているから、それを履いて。
足首の少し上の部分で、ほら、ここに繋がってるから」
着ぐるみの中に、ちょうど腰の部分に来るだろう物が見えている。
明美は、それに足を通していく。
マネージャーが着ぐるみを斜めに支えてくれるので、
足を通し終えると、自力で立てる状態になった。
「じゃ、そこからしゃがんで、一気にかぶる」
「はい……」
「頭の位置はここ。中じゃ苦しいと思うから、がんばってたどり着いて」
そう言って、マネージャーは笑うが、明美としては、それどころじゃない。
大きく息を吸って、背中のチャックから潜ると、
マネージャーは着ぐるみをまっすぐにしてくれたようだ。
476みず ◆FRgqoucg
まっすぐ上に頭を向ければ良い状態になった。
ちょうど、ウレタンが割れて、通り抜けられる場所を上へと頭を動かすが、
なかなか進んでくれない。
「苦しい……かも……」
手も同時に側面の出口を探すが、なかなか見つからない。
息が出来ない時間が続く……。

外から見ているマネージャーは、もそもそと動く着ぐるみを見ていた。
なかなか、明美は顔を出せないで居る。
「ほら、上から押さえるから、一気に顔を出して!」
「……はい」
くぐもった声が中から聞こえる。
「苦しい……かも……」
徐々にもそもそ動く部分が上へと移動している。マネージャーも、
明美の動きに合わせて上に上がろうとする着ぐるみを、ぎゅっと押さえる。
そして、やっと、帽子の部分がポコンと膨らんだ。
「次、腕もそのまま横に出して」
「……は、はい」
苦しそうな息の音が、帽子の部分から聞こえる。
「がんばって」
477みず ◆FRgqoucg
ウレタンの中を進む腕が、横からぽこっと出た。腕の部分はたぶん、
自力で通せないだろうから、再度手伝う。
「ほい、そのまま腕をゆっくり突き出して。こっちで布の部分が
通るように押さえておくから」
「……はい……」
薄いながらもウレタンに覆われた腕に、明美の腕が徐々に通っていく。
「指の部分は、こっちで通すから、ちょっとじっとしてて」
頭が小さく動く。激しい呼吸の音。はい、とも答えられないらしい。
手袋をはかせるように、指の部分をはめて、少ししわになった腕の部分を、
着ぐるみ本体側に戻す。
同じように逆の手も通して、やっと完成。
「じゃ、後ろのチャックを閉じるよ」
また、頭が小さく動く。
マネージャーは、少し広がって、チャックが閉まりにくくなっている
背中を、ぎゅっと引っ張る。
「うっ……」
中から、小さく声が漏れた。
「大丈夫?」
「平気……です……」
くぐもった声は、やはり荒れた呼吸の合間に小さく聞こえる。
478みず ◆FRgqoucg
マネージャーは、チャックを下から引き上げていく。
途中、何度か背中を引っ張るたびに、小さな声が、中から漏れた。
「じゃ、いったんカギを閉めるね」
上まで上がったチャックが、再度開かないように、
引っかかりの部分にカギを閉める。
  カチャ……。
小さな音が部屋に響いた。

中の明美は、だいぶ苦しい状況にあった。
マネージャーが背中を引っ張るたびに、ウレタンに挟まれた部分は狭くなり、
胸を圧迫する。
チャックの音が、やけに響いて聞こえた。
「じゃ、いったんカギを閉めるね」
という声に反応する間もなく、小さな音がした。
  カチャ……。
一瞬心臓がドキっとした。

「大丈夫、苦しくない?」
「いや、普通に苦しいですけど……」
479みず ◆FRgqoucg
荒れた呼吸。いくら空気を吸っても、自分で吐いた息を
再度吸ってるだけのように思える。
新鮮な空気じゃなく、暑く汚れた空気で、帽子となった頭を入れる部分が
満たされていく。
「あっ、そうだよね……えっと……」
目の前の人影。ちょっとマネージャーが困っているように聞こえて、
なんだか少しだけ気分が楽になった。
「えっと、呼吸はちゃんと出来てますから、大丈夫ですよ」
「そっか・・・…良かった。ちゃんと立ててるみたいだし、大丈夫だよね?」
足は、しゃがんだ状態。ちょっと着ぐるみが重いので、
そのうちしびれてきそうだけど、今はまだ大丈夫。
「はい」
「なら、ちょっと歩ける?」
「やってみます」
足は、タイツのようなものが外に出ているだけ。
なんか、大きな靴とか履くのかと思っていたが、そうではないらしい。
足首のすぐ上で、着ぐるみ本体に固定されているため、小さくしか歩けないが、
なんとか動くことは出来る。
「腕とか、頭とかも大丈夫だよね?」
480みず ◆FRgqoucg
目の前にマネージャーが立っている……ような人影が見える……ので、
それに向かって手を振ってみた。
「握手とか出来るのかな?」
人影が近寄ってきて、手を取ったのがわかった。が、皮膚の感覚は、
ウレタンに阻まれてわからない。
「外から動かされてるのはわかるんですけど、何を触っているのかは
わかんないです」
「そうだよね、このウレタンじゃね」
強く握られて、初めて感覚として伝わってきた。
すでに、自分の手は、汗で湿った感じがしている。
「じゃ、大丈夫だね。脱ごうか」
「はい……」
背中のカギは、外すときには音は聞こえず、チャックを下げる小さな音だけが
聞こえた。
「あの、これ、どうやって脱ぐんですか?」
「あー、ほんとだね……」
あーほんとだね、じゃないって! と、心の中で突っ込む。
「とりあえず、腕を抜いてみて。で、中で自分でウレタンを押しながら、
頭を抜けばいけないかな?」
「……やってみます」
481みず ◆FRgqoucg
「じゃ、手伝うよ」
腕を抜く。簡単に言えばそれだけだが、湿った腕がウレタンに吸い付いて、
なかなか思うようには抜けてくれない。
「ほら、もうちょっと」
徐々に本体の着ぐるみの中に戻る腕。悪戦苦闘しながら、
やっと両方の腕が抜かれた。
「背中はなるべく大きく開いておくようにするから、
がんばって後ろに抜けて」
「はい」
再度、難関の苦しいウレタンの中を進むと思うと、少し気が引けるが、
通らなければ脱げないわけで、仕方ない。
明美は、汚れた空気でも、肺いっぱいに吸い込むと、
ウレタンの中へ頭を沈ませた。

少しあったかいような、ようかんマンとの握手の感覚が残る手で、
マネージャーは、そのようかんマンのからだを押さえる。
明美の脱ごうとする動きに合わせて動く着ぐるみを、少しでも
脱ぎやすいようにと押さえるのだが、なかなか明美は脱ぐことが出来ない。
「んーーー」
くぐもった声が、中から聞こえた。
482みず ◆FRgqoucg
「大丈夫? がんばって」
「んーーんーー」
徐々に暴れるようになってくる着ぐるみ。
「後少しだから」
徐々に動きは後ろにいっているような気もするが、なかなか進まない。
そして、動きが一度、止まる。
「んーーーーーー」
くぐもっているが大きな声。その声に、マネージャーもあせる。
「だめ? 脱げない?」
「んーんーー」
「わかった、なら、後ろから腕を入れて引っ張るから、少し待って」
足をバタバタとさせる明美。相当苦しいらしい。
マネージャーは、着ぐるみの後ろに回ると、
チャックから自分の腕を中に突っ込んだ。
中は、相当暑い。少しの時間しか着てないというのに、湿った感じがしている。
背中から差し込んだ腕が、人の感触にたどりつくまで、明美はずっと、
足をバタバタさせていた。
そして、指先が触れた瞬間、
「んーーー」
と、大きな声を出した。
483みず ◆FRgqoucg
「ほら、がんばって。わきの下から肩を引っ張るから」
たどり着いた明美のからだは、本当に熱かった。そして、湿っていた。
腕をなんとかわきの下に回すと、着ぐるみに足をかけ、マネージャーは、
一気にそれを引っ張った。
徐々に動く体。そして、明美の体が外から見えるところまで出てきた。
「後は、押さえるから、体抜いて」
「んーーー」
この頃には、ちゃんと声として聞こえるようになった。

わきの下に差し込まれた腕に、引かれて徐々に外へと近づく感じを、
明美は感じてはいたが、それよりも、この腕で少しパニック状態になっていた。
『うあー、汗っぽいって。なんか恥ずかしい……』
もう、明らかに汗でぬるぬるになっているのがわかるわきの下に、
男性のマネージャーに腕を突っ込まれるのは、緊急事態とはいえ、だいぶ嫌。
でも、呼吸が出来ない。だけど、そんなところを……。
両方の気持ちで、足をバタバタさせながら居る明美。
徐々に体が動いていく。でも、徐々に呼吸が苦しくなる。もう我慢できない。
「後は、押さえるから、体を抜いて」
腕が、明美から離れていく。
「んーーーーーーーーーー」
484みず ◆FRgqoucg
最後は暴れるようにして、腕と体を動かす。
それでも、汗に張り付くウレタンはなかなか動いてくれない。
「んーーーーーーーーーー」
苦しい。もう、だめ……。
そう思ったとき、やっと、背中が着ぐるみから抜けた。
「うはーーーーーーーーー」
新鮮な空気が肺の中に広がる。
腕がまだ着ぐるみの中なので、大きく体をのけぞらせても、
頭を地面で打つことは無い。
「大丈夫か? 腕、抜ける?」
上から、着ぐるみを支えてくれているマネージャの声がした。
「…………なんとか……」
荒い息。だけど、中途半端な状態でいるよりは、脱いでしまったほうが、
と思い、一気に腕も抜いてしまう。
そこまで行くと、あとはなんとか脱げた。
足は、先をマネージャに引っ張ってもらって、片足ずつ引き抜く。
そしして、やっと、着ぐるみから開放された。
485みず ◆FRgqoucg
「大丈夫だった?」
「えーっと、なんとか」
着ぐるみを脱いで、近くの椅子に座った明美に、マネージャは
ペットボトルの水を渡してくれた。
「やっぱ、脱ぎ着が大変か」
「ですね。中に入っているときは苦しいけど息は出来るんですが、
脱ぎ着の間、ウレタンに囲まれてるともう大変です」
「そっか」
暑い着ぐるみ脱ぎたてで、明美は赤い顔をしている。
「あと、ウレタンが汗かいた肌にひっつくので、長袖のほうが
いいかもしれないです」
「それじゃ、中に居るとき暑すぎない?」
「ですねー。でも、そのほうが苦しい時間が短いかと思うと」
着るときはまだ汗かいていなかったから良かったのかもしれないけど、
脱ぐときの苦しさは相当のものだった、と明美は思う。
「そっか……でも、今日は?」
「持ってきてないです、長袖」
鞄には着替えの半そでTシャツが数枚。
「だよね。もうすぐクライアントが来る時間だし、
このまま頑張ってくれるか?」
486みず ◆FRgqoucg
「はい……その代わり、給料には色をつけてくださいね」
「わかったよ……」
少し苦しいかもしれないけど、終わればいろいろ買い物できそう。
そう思うと、明美は、少しやる気が出てきた。
「一応段取りを説明すると、クライアントが来るのが1時間後。
その少し前に、着てもらって、クライアントはその動きとかチェック。
このとき、いろいろ指示されると思うから、その通りやっておいて」
「はい。頑張ってみます」
「うん。で、クライアントは、今日はこれを見るだけのはずだから、
クライアントが帰った後に、脱ぐ、と」
「あんな大変なところは見せられませんもんね」
「そういうこと。それで大丈夫?」
「はい。頑張ってみます」
「よろしくー」
このとき明美は、ま、なんとかなるかな? と、少し楽観的に考えていた。
487みず ◆FRgqoucg
ほい、最後に上げておくですよ。
感想よろです。