灯乃町イベント奇譚

状態
完結
文字数
40,098
投稿数
96
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Plain Text
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1900/00 ◆XksB4AwhxU
以前、マスコットの話を書いた者です。
ROM人に戻るとか言っといて、のこのこ出てくるのは恐縮ですが
もう一本書けたので、またお付き合い下さい。

と言っても、希望されていた話の続きは、どうにも思い付かず
結局、新しい話にしました。

元ネタは、いろいろ有りますが、
書き方は、電〇文庫のイリ〇と猫の~を参考にしています。

お陰様で、だいぶ楽に書く事が出来ましたが
長くなってしまったので、今週中3~4回に分けて載せます(多分)。

※ 気を付けたつもりですが、丸パクリになってる文章がありましたら
  それは、本当にごめんなさい。
(長くなり過ぎて、自分でも訳が判らなくなってます…スミマセン…)
2001/95 ◆XksB4AwhxU
灯乃町イベント奇譚

【 - 取り合えず町が 素寒貧な件について - 】


そこは年が明けつつも、どこか暗い雰囲気が漂う田舎町。
その原因は、景気よく降る雪の所為でもあり
長引く不況の所為でもあり、少子高齢化の所為でもある。
簡単に言うと、寒くて貧乏で若さの無い町だった。

一月某日。灯乃町・元消防団詰め所、二階…。

叩けばアスベストが舞いそうなヒビ壁に、叩かなくても五月蝿い板張り床。
ガタつくパイプ椅子と、脚の開閉が異様に硬い長テーブルは仲良く錆付き、
部屋の片隅ではリサイクル屋で購入した石油ストーブが、値段に見合うチープな働きをしている。
その安い熱気の所為か、部屋の空気もどんよりとした鉛色に見えた。

この昭和空間に華をそえるのは、難しい顔をした30~50代のオヤジ達。
一見くたびれたオヤジ達にしか見えないが、その双眸(そうぼう)はギラつき、
ボードに書かれた《平成〇〇年度・灯乃地域活性会議》の文字を睨み付けている。

新年早そう、灯乃商工会議所・観光部会の面々が集まるのには訳があった…。
2102/95 ◆XksB4AwhxU
「UFO・ツチノコと来たから…今度はカッパか?」
1人のオヤジが地域活性のアイデアを提案する…が、別に酒が入っている訳ではない。
灯乃は、昔からオカルトネタに恵まれており、その手の騒ぎが起きると
当然便乗して小銭を稼ぐという、実にステレオタイプな田舎なのだ。

「カッパは無理だろ?そこまで行くと科学的じゃないっつーか…第一カッパってブームなのか?」
「UFOとツチノコは科学的なのか?」
「そう言う意味じゃなく、ノリでUFO捜したりツチノコ捜す観光客はいても、カッパは無理があるだろうと…」
「そう言えば灯八池に、変なザリガニが出るって聞いたな」
「ありゃ、ただのウチダザリガニだよ。珍しいモンじゃなく、確か駆除の対象になってたような…気が」
「害ザリガニでも、いいんじゃないか?一番大物を捕まえたら優勝とか」
「珍しくもないザリガニを捕まえに、わざわざ酢イカぶら下げて来る客なんているか?」
「酢イカくらい、無料配布でいいんじゃないか?」
「そーいう意味じゃ、ねーよ!」
「ンなら別の案出せよ!」
「だからツチノコの時みたいにカッパの写真撮ったら、霜降り5キロでいいでしょ?」
「カッパは却下つってんだろーがっ!」

ひなびた温泉宿が並び、民話の世界が活きる情緒豊かな田舎も今や昔…。
今では、立ち並ぶ廃ホテルと、寂れた温泉街と、使い道のないバブルの箱モノが
ジェットストリームに景観をぶち壊すダメダメ観光地に落ちぶれていた。
2203/95 ◆XksB4AwhxU
「…灯乃町は宇宙人に狙われている…」
カッパ派とザリガニ派に分かれ議論が紛糾する中、
腕を組んで難しい顔をしていた議長役で最年長の山田がポツリと呟いた。
「「「「 …ハァ? 」」」」と、両派が無理もない反応をする。

「UFOネタは、そう言う見方も出来るとは思わないか?諸君。…そこでだ!!」
呆気に取られる一同に背を向け、山田はホワイトボードに《正義の味方ツチノコマン》と書き殴った。
「どうだ?」ニヤリと笑う山田。
「「「「 なにが? 」」」」と一同。

「何がって……ふつーぅピンと来るだろっ!ご当地ヒーローだよ!ゴ・ト・ウ・チ!」
頭を掻き毟りながら、ペン先をボードに何度も叩き付け力説する山田。
「「「「 あ~…っ 」」」」
だが、議長の予想に反して会員の反応は、イマイチだった。
2304/95 ◆XksB4AwhxU
「何だお前等、そのシラケタ反応は?」
「あの…今時、ヘルメットをペンキで塗りたくったような手作りヒーローなんて珍しくもないなぁ~と…」
ザリガニ派で一番若い佐藤が恐る恐る進言する。
「第一そんな即席マイナーヒーローを、わざわざ観に来ますかね?」
隣に座るカッパ派の田中も同調した。
「うっ…むぅ…」
お手盛りアイデアの不備を指摘され唸る山田。

「いや…有名人が関われば、ちょっとは話題になるんじゃないか…?」

これまで、どちらにも付かず沈黙を保っていた鈴木がポツリと呟いた。
「なんだ鈴木。お前、どこぞの知り合いに有名人でもいるのか?」
「いや、山科さんトコの2番目の娘(コ)が東京で漫画かいてて、結構売れ…」
「∑それだっ!!」

皆まで聞かず山田が身を乗り出し、鈴木を指差す。
こうして(他の面々は話が跳び過ぎて、ついて行けないまま)地域活性プロジェクトはスタートした。
2405/95 ◆XksB4AwhxU
とある片田舎で、そんな会議が行われてから約半年後。
都心にある築15年のアパートに巣くう山科真由美(やましな・まゆみ25歳♀)は腐っていた。
「はぁぁぁぁぁぁぁ…っ」
深い深い溜息をつきながら、万年床にゴロりと寝転ぶ。
その周りにはコンビニ産の生活ゴミと、試供品の化粧品と、1コインの雑貨が
地球に優しくない堆肥となって、フローリングを埋め尽くしている。

「だるぅ……」
白のショートパンツから飛び出す細い太ももをポリポリ掻き
醤油がしみ付いた団扇で、ネットリした生活臭漂う空気をかき回す。
怠惰を絵に画いたような生活だが、
この女、身だしなみだけは小奇麗で、掃き溜めに鶴状態を自ら作り出していた。

(まいったなぁぁぁぁ…っ)
鬱で鬱でしようがない…。
この歳で小皺が目立ってきやがった。
イメチェンのつもりで髪を染めたら、安っぽいお水にしか見えないのが腹立たしい。
役者なのにバイトをしないと食って行けないのもムカツク。
そして何より、うっかり引き受けてしまったキャラクターショーに気が滅入った。
2506/95 ◆XksB4AwhxU
【 - その名は ゆぅまぁズ - 】


5時間前。アクションクラブ焦魂塾の稽古部屋…。

-未確認戦士・ゆぅまぁズ4-

江井國(えいこく)・ねす子
叶多御御(かなだおご)・ぽご子
蕪木(かぶらぎ)・ちゅぱ子
大和津(やまとつ)・ちの子

スペース・ロブスター
エイリアン・ακ(あるふぁかっぱ)
エイリアン・βκ(べーたかっぱ)

((((なンんんんぢゃ…こりゃ?))))
稽古部屋に集められたメンバーはボードに書き列ねられた名前を見、心の中で同じ感想を漏らした。
「今度やるアクションショーの詳しい資料と衣装が届いたので、今から説明する」
ホワイトボードを背にブリーフィングを始める、いかつい男。

このアクションチームを取り仕切る殺陣師・庵西守(あんざい・まもる47歳♂)
映画のスタントからドラマの殺陣指導まで幅広くこなす、アクション一筋ウン十年の超ベテラン。
特にヒーローショーでのマイクパフォーマンスはマニアの間で定評があり
庵西目的で足を運ぶファンがいる程だった。
2607/95 ◆XksB4AwhxU
「まぁローカルヒーローの変り種みたいなモンだと思うが、どちらかというとメルヘン系だな」
そう言いながら、筒状になっているポスターを広げボードに張り付けて行く。

《灯里山に現れるUFOの目的は、灯乃町の侵略だった!》
《今、灯乃の危機を救うため4人の戦士が立ち上がる!》

そこには、ベッタベタな煽り文句の下に
いかにもアニメアニメした美少女キャラクターが4人、バラバラな方向を向きながら
必殺技?のポーズを決めていた。
臨戦体勢を取りつつ満面の笑みという、殺る気満々な意思表示。
対話による解決など、キラキラした眼中には無い。

「前にも言ったが殺陣(たて)は、かなりハードな物になる。だからこのメンバーを選んだ。
まず、引き受けてくれて有難うと先に言っておく」

その時、真由美は庵西の言葉など耳に入っておらず、《灯乃》というキーワードと
アニメ画の端にある《キャラクターデザイン・MANAMI》という文字に
目が釘付けになり、頭の中が真っ白になっていた。
2708/95 ◆XksB4AwhxU
再び、今現在の湿気ったアパート…。

実家のある灯乃を出て7年。
その間、ろくに連絡も取らず帰省もしていない。
《成功するまで絶対帰らない!》と啖呵を切って飛び出した為、帰るに帰れないのだ。
「はぁ…」
ダニと湿気をタップリ含んだ煎餅布団の上で都合14回目の溜息を付き、物思いにふける。

あの画は間違い無く、妹の真奈美が画いたものだ。
大人しい性格で漫画ばっかり画いてた妹が、こっちに来てるだけでも驚きなのに、
一人前になって成功している…。
その事を知ったのは、一年以上前の話だが連絡のやり取りはしていない。
薄情な姉だとは思うが、ミジメな自分を見せるのが怖くて、どうしても出来なかった…。

その結果、妹とも7年間会わず仕舞いで今に至る…。
妹は某少女漫画雑誌に連載まで持っているのに、姉の自分はバイトで食い繋ぐ日々。
チャンスをモノに出来る役者は、ホンの一握りというのは知っているが
肝心のチャンスとやらは、一行に訪れる気配が無い。
思えば上京して間も無い頃
キャッチに捕まり30万の美容器具を買わされたのがケチの付き始めだった…。
2809/95 ◆XksB4AwhxU
「あーーーっいやだいやだ!行きたくなぁーーーーいっ!」
年甲斐もなく手足をジタバタさせ、一人寂しい駄々をこねる。

この企画に妹が起用されたのは、偶然とは思えなかった。
依頼主はきっと真由美のことも知っているだろう。
その口から、実家の方に知らせが行ったらどーなるか…。

(せめて普通の役者として普通のお芝居をしに行くなら、もうちょっとマシなのに…。)

食うに困っていた所を庵西に拾われた真由美だが、心のどこかで《着ぐるむ仕事》を蔑んでいた。
自分でも最低な奴と思うが、それが真由美の偽らざる本音だ。

そして蔑むが故に、身内に着ぐるみ姿など見せられない…。
モノには順序があり、成功を手にする前に地元に帰るなど…、
大喧嘩した母親にそんな姿を見せるなど《ビンボーです。ミジメです。ウレてません》と
全身で訴えているようなものだ…。

それは己のプライドに掛けて、有ってはならない敗北だった。
2910/95 ◆XksB4AwhxU
4時間30分前の稽古部屋…。

配役が発表され真由美には、ねす子という役が割り振られた。最悪な事に主役らしい…。
「じゃぁ、山科はネッシー娘という事で」
そう言いながら庵西は、部屋の片隅に置かれたダンボールを引きずって来る。
「取り合えず衣装が合うか確認してくれ。合わないなら配役を代えるから」
「あ、あの…」
「ん?どうした?」
「…い、いえ。なんでもないです…」
真由美は《この役降ります》の一言が、どうしても言い出せない。
アクション中心と聞いて引き受けたショーだが、灯乃町の依頼とは聞いていなかった。
しかし、今更断るとなると…。
指名までされたのに、その信頼を裏切るとなると、納得の行く説明が必要だ…が。

《実家に知られたくない》で、納得してくれるとは思えないし、
何故、知られたくないかを聞かれれば《着ぐるみ姿を馬鹿にされるのが嫌》という答えになる。
人生の全てをコノ世界に奉げてきた庵西に、そんな理由で断るなど口が裂けても言えなかった。

それに降りる事によって被(こうむ)る経済的な損失は、今後の生活を確実に脅かすだろう…。
ビンボー役者にとって、今回のギャランティが眩しく見えるのも、また事実なのだ。
3011/95 ◆XksB4AwhxU
【 - 羞恥心 と 首長竜 - 】


(……?)
プライドとゼニ勘定の板挟みに苦しむ中、
無意識に開けた箱の中には、トンデモないブツがひそんでいた。

(……。これ…、∑着るのぉぉぉぉぉ…っ!!)
まるでエロいメイド服というか、アレなレストランのウェイトレスというか…。
日常生活では絶対お目に掛かれない、チュチュみたいな衣装が姿を現した。

白い衣装に青のふち取りが施された上半身はレザー製で、裾が折り鶴の羽の様になっている。
その羽が前後2枚づつ乗っかっている青いスカートは布製で、
傘のように真横に広がり、ちょっと屈むとペチコート(チュール)のヒラヒラが丸見えになってしまう。
さらに膝下まであるブーツは白地に水玉模様で、某初恋飲料を連想させた。

(……カ〇ピス?)

夏向きなデザインと言えなくもないが、季節によって恥かしさが変化するとは、とーてい思えない。
思えば子供の頃からマンガばっかり画いて、お洒落には気を使わない妹だった。
姉としての指導不足が実を結び、トンデモ衣装となって真由美の前に立ちはだかる。
3112/95 ◆XksB4AwhxU
その他のパーツに目を向けると
アクアマリンの瞳は、虹彩の部分だけでもタマゴくらいある。
小さな鼻は、鼻というより突起と言った方が近いかもしれない。
ワの字みたいな形の口には、赤いメッシュ生地が張られ、
黒目の部分に張られたメッシュと合せれば、視界は悪くない筈だ。

髪型は黄色いドールヘアをツインテールにしたもので、根元に赤いリボンが縛り付けてあった。
そして最大の特徴はスカートから飛び出した尻尾と、丸ごと首長竜になっている右腕。
尻尾はスカートの中の秘密ギミックによって斜め上を向いたまま、猫が興奮しそうな動きを繰り返し
可愛い顔( ゚ー゚)をした首長竜は、パペットとして一人芝居も出来る優れもの。

真由美も戦隊モノや菓子パンショーの経験ならあるが
コレほどのブツは一度も、お目にかかった事がない。
このパンチの効いた着ぐるみは、迷う心をフリーズさせるのに十分なインパクトを放っていた。
3213/95 ◆XksB4AwhxU
「うわっ…小物多い…っ。」
「ちょ…これ身体のライン目立っちゃうじゃない!」
「あ、ちょっと可愛いかも…」
オゴポゴ娘の川原泉美(かわはら・いずみ21歳♀)が、次々と出てくるバンドやチョーカーに文句を言い
チュパカブラ娘の池田ちづる(いけだ 23歳♀)がレザーの迷彩ブラに悲鳴を上げ
ツチノコ娘の沼越千佳(ぬまこし・ちか19歳♀)は面が被っているツチノコ帽子に心を奪われた。

「……これ。パーツ足りなくないですか?」
一方、ヒロイン4体で予算が切れたのか、悪役の方は実にシンプルな衣装が出て来た。
スペースロブスター役の海老原学(えびはら・まなぶ23歳♂)が
触角のないレイク・ロブスター(ウチダザリガニ)の頭と巨大バサミ、
それに黒のトレーナー上下を見て途方にくれ

「…なんでカッパなんだ?」「さあ…」
エイリアン役の小西勉(こにし・つとむ23歳♂)と茶山誠(さやま・まこと22歳♂)が
皿とクチバシの付いたグレイっぽい宇宙人を見て疑問を投げ掛ける。
銀色の肌に緑の皿と黄色いクチバシの付いた面は、ギャグでやっているのか
色指定のミスなのか、判断に悩む2人だった。

「文句ばっか垂れてねーで、とっとと着替えろ!ウスノロがぁ!」
ブー垂れるメンバーに苛立ち、庵西の怒鳴り声が稽古部屋に響き渡る。
庵西にとって口の悪さも愛情表現の一つなのだが、メンバーは思うのだ。
不器用過ぎだと。
3314/95 ◆XksB4AwhxU
4時間前の稽古部屋…。

すっかりアニメキャラクターになった面々が戸惑った様子で、鏡に写る己の姿を見ている。
プロと言えど、全てを吹っ切るには少々時間が要るようだ。

「この資料によると、この姿は変身した状態であり
呼び名も、ゆぅネス子・ゆぅポゴ子・ゆぅカブラ・ゆぅツッチーとなるので各自憶えておく様に」

((((なら、最初からそっち書けよ…。))))

庵西を除いた、メンバー全員が心の中で突っ込む。
『あの…』
ポゴ子に入っている川原が、肘先から広がるイルカヒレを遠慮がちに上げ
「なんだ、ポゴ子?」
『これは、地方でやってるアニメか何かですか?』と、質問した。

「ん…?あ!、まだ言ってなかったな。
この作品は灯乃町が運営している公式HPを中心に展開しているそうだ。
灯乃の平和を守る為、謎の少女達が謎だらけの敵と戦うって話で
HPはキャラクターの説明と読み切り漫画、壁紙プレゼントに掲示ばン…とっ…ありきたりだな。
しかし、人気漫画家を起用したのが功を奏して、カルト的な人気を呼んでいるそうだ。
ついでに言っておくと、ココにいる敵役(かたき)は、クライアントのオリジナル案だからHPには居ないぞ」
3415/95 ◆XksB4AwhxU
設定資料を確認しながら、皆に説明する庵西。
補足しておくとHPには、地元作曲家に依頼して作ってもらったイメージソング
《song for U・M・A》と夏にピッタリな《未確認おんど》も一番まで公開されている。

『…その人気の漫画家さんって、どーいう人ですか…?』
カブラに入っている池田が、鋭い爪の付いたグローブを上げ質問する。
「灯乃町出身の漫画家だそうだ。この企画もそれが縁で立ち上がったらしい…」
身体がピクリと反応してしまうネス子。

「んで…、連載中の東京ミュータント物語ってのがウケてるらしい…な、
内容はショッ〇ーみたいな奴等に猫娘にされた女の子が、恋と報復にうつつを抜かす青春モノだそうだ。
漫画自体は小中学生に、萌な絵がオタクに受けてブレイク中…と。他に質問は?」
『ショーは完パケ(完全パッケージショー)ですか?』
ザリガニ海老原が、旨そうなロブスターバサミを上げ質問する。

みんな、つい敬語になってしまうのは、体育会系特有の上下関係が活きている証拠であり
庵西のことを、尊敬と信頼と畏怖すべき先輩として崇めている証拠でもある。
3516/95 ◆XksB4AwhxU
「いやライブとテープのハイブリッド(まぜこぜ)だ。そのテープはこれからウチで作る」

『『『『えぇぇっ!!』』』』
ハードな物とは聞いていたが、庵西が作るとは聞いてないメンバー全員が驚愕する。
その理由は、ショーの内容が容易に予想出来てしまった為で…。

「一応オリジナルショーってことで、この設定資料を元に製作を依頼された。
何せ、どんな客層が来るか判らないショーだからな、
どんな客が来ても、盛り上がる様にするのが我がチーム当面の目標だ」
ニヤッと笑う庵西。
この男は、型にはまったパッケージショーより
お遊びが出来るヒーローショーの方が好きだったりする…。

だから、この男が書くシナリオが
作者の思い描く、ゆぅまぁズ4とかけ離れたモノになるのも無理もない話だった。

後日、悪役の名前が宇宙ザリガニ・エイリアン太郎・エイリアン次郎に改名され
プラズマUFOでやって来た悪の教授が追加された…。
3617/95 ◆XksB4AwhxU
【 - 魂を 焦す塾 - 】


そして10日後の稽古部屋……。

庵西の行動はパワフルかつスピーディーだった。
ファックスとメールで灯乃観光部会と綿密な打ち合わせをしつつ
自ら、違う展開の台本を瞬く間に書き上げる。

そして専門学校を出たばかりの新人声優を起用し、コネを使って録音スタジオとスタッフをかり受け
素人臭さが抜けてない彼女達を、なだめすかして一日で録音を終わらせた。
そしてそこから使えそうな台詞を繋ぎ合わせ、使えそうなBGMを選び出し
地元バージョン・ファミリーバージョン・大きなお友達バージョンのショーテープ(MD)を作り上げた。

これまでの経験と人脈のおかげで、驚くほど低予算で出来たテープだが
声優全員が仕事内容とギャランティの、かけ離れっぷりに涙した事を付け加えておく。
3718/95 ◆XksB4AwhxU
「そんな汚ねぇ側転見せんなっ!!ピシっと脚伸ばせ!!ピシっと!!」
「立ち位置ズレてんだろーが!、何年やって来てんだっ!!」
「脚が低い!相手の顔面に当てるつもりでやれ!いや、どうせ野郎だから蹴っちまえ!」


焦魂塾の稽古部屋に、殺陣の鬼と化した庵西の怒声が響き渡る。
メンバー全員の嫌な予想は見事に的中し、
どのお芝居もアクションてんこ盛りの超ハードな内容に仕上っていた。

ジャージの時は、どうにかこなせたメンバーも
慣れない面を着けてのアクションとなると動きが鈍り、技のキレも霞んでしまう。

その霞んだ箇所を見付けては、一つ一つ潰していく庵西の卓越した洞察力。
鬼の口から非情・非道な要求が次々と飛び出し、
メンバー達は面の中で涙しながら、本番に向けて稽古の日々は続く。
涙の果てにある、子供達の笑顔を夢見て…。

            ・
            ・
            ・

なんてポエミーな人など、現実主義のゆぅまぁチームに居る筈もなく、
皆、かつかつの生活を潤すギャラを夢見て、稽古の日々は続くのだった。
3819/95 ◆XksB4AwhxU
「おいネス子、ネス子ォ!…やましなぁ!」
『は、はいっ!』
「ネッシーが垂れてる。ちゃんと上げろ!」
『はいっスミマセン!』
稽古開始以来、主役を張る真由美には
《右腕を胸より上にあげ、常に猫パンチ状態しておけ》というキツイ注文が付いていた…が。
筋力に恵まれていない腕が、疲れと共に下がってしまうのは、やむを得ない事だろう。

ただ偶然にも、
右腕が下がり出す頃合と、時計針が休憩時間をさす頃合にそれ程の誤差はなく
時計を見るにも、いちいち顔全体を向けなければならない着ぐるみ達にとっては
何気にありがたいアナログメーターだった。

「お前、最近ヘンだぞ。腹でも痛いのか?」
『いえ、全然健康体です!問題ありません!』
ヤケクソ気味な声を張り上げ、ネス子が応える。

結局、真由美は何の打開策も見出せないまま、時間だけが過ぎていった。
と言うか連日の厳しい稽古が、イイ感じに現実逃避になってしまい
心地良い汗が、快眠の毎日をお約束するという、恐ろしい罠に嵌っていのだ。
3920/95 ◆XksB4AwhxU
「本当か?なんか元気無いように見えるぞ」
『大丈夫ですっ!精神も健全そのものですっ!』

しかし公演日が近付いて来ると、忘れていた現実が頭をもたげ
バックれ女を日に日に飲み込んでゆく…。
そして頭までズッポリ飲み込まれた真由美が出した答えは、
運を天に任せ、自分は知らぬ存ぜぬを貫き通す…と言う、実に後向きな妙案だった…が。

「そうか?その割に雰囲気暗いぞ。故郷での凱旋公演なんだから元気出していけ」

庵西の励ましに、ネス子の動きが止まる…。
が…真由美の方の動きは止まっておらず、面の中で口をパクパクさせ

『…はんでそれほぉ』

そんな台詞を無意識の内に漏らしていた。
4021/95 ◆XksB4AwhxU
「なんだ?ホントにそうなのか!?クライアントの打ち合わせでお前の妹の事聞いたぞ。
似たような名前だったから試しに聞いたら、そんな名前の姉貴がいるって。
お前、商工会の鈴木さんって名前に心辺りないか?確か青果業やってる…」
カマを掛けた本人が驚き…。

『えっ!MANAMIさんって、まゆ先輩の妹さんなんですか!?』
ツッチーも驚きの声を上げる。

その声が引き金になったのか、ネス子は膝を付き
倒れそうな身体を、左腕とネッシー腕で支えつつ頭(こうべ)を深く垂れた。
ツインテールが床をなでる…。
ネス子の顔は笑ったままだ…。

しかし真由美は、心のどこかで何かが崩れる音を確かに聞いた。

            ・
            ・
            ・
4122/95 ◆XksB4AwhxU
結局、灯乃出身でMANAMIは妹の山科真奈美であることがメンバーにもバレ
母親との喧嘩で実家に7年も帰ってない事を告白させられる真由美。
本音である所の《着ぐるみ姿を馬鹿にされるのが嫌》というのは秘密のままだ。

「うはははは、そうかそうか。それは帰り辛かろう……うっふっふふふくっひっ」
不思議なひき笑いをしながら、物凄く嬉しそうな庵西。
『先輩、今度サイン貰えますか?』と沼越ツッチー。
『…そっちも7年会ってないのよ…』
『もしかして仲悪いんスか?』これは、エイリアン次郎こと茶山。
『そう言うわけじゃないけど…』

『∑あ、あれだ!妹さんだけ大成功しちゃって会うに会えないとか』
エイリアン太郎こと小西が触れては、いけないポイントに豪快な踵落しをキメた…、
瞬間、真由美の脳内でも理性という名の神経が焼きキレ…。

『こぉのほぉ…クソガッパァァァ!…はんたンンンかにぃ…わたしの何が…判るって言うのよ゙ぉ゙ぉ゙…』

アニメ顔の女の子が、狂気を含んだ叫び声を上げカッパエイリアンに襲いかかった。
ネス子の左手とネッシーの口が協力してエイリアン太郎の首をシメつける。
それは、純粋な殺意から来る情け容赦の無い首締めだった。
4223/95 ◆XksB4AwhxU
突然の殺戮シーンに、川原ポゴ子とザリガニ海老原がなす術もなくヒレとハサミをばたつかせ
茶山エイリアンと沼越ツッチーが2人仲良くパニくる中、
『やめ、…やめろマユミ!』
慌てて爪グローブを脱ぎ捨てた池田カブラが、ネス子を羽交い締めにし
間一髪の所で、未遂に終わらせる事が出来た。

危うく事件現場になる所だった稽古部屋に、
『ひぃぃぃーふぅーひぃぃぃーふぅー…』異様な興奮状態の真由美と
『はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…っ』まぢでオチかけた小西の呼吸音が響き渡る。

「まぁ、落ちつけ山科。俺も人生長いから似たような経験あるし、帰るに帰れない奴等も何人か見てきた。
人生の先輩としてアドバイスするなら、こういう時は、こそこそしないで堂々とした方が良い。
負い目の原因は、周囲の目ではなく自分の心だ」

事件を静観していた無責任男が、人生とは何たるかを垂れる。
池田は《止めろよ!》と、面の中で口をパクパクさせるが言葉に出す事はなかった。

『はぁ…そ~ですか…』
落ちつきを取り戻しつつ、気の無い返事をする真由美。
その様子から察するに、庵西の御高説など本当にど~でもいいようだ。
「帰り辛いなら、帰り易くすればいい。そうだろ?」
庵西が笑う…。
落ち込んでいた理由(わけ)を、単純解釈したまま…。
4324/95 ◆XksB4AwhxU
後日、更新されたHPに灯乃祭で行われる《ゆぅまぅズ4ぬいぐるみショー》のお知らせが載り
《繰演 江井國ねす子(ゆぅネス子) ☆山科真由美☆ 》
何故か真由美だけ、赤字のボールド仕様で点滅する星マークまで付いていた。

《 ※灯乃町出身のスーツアクトレス。7年分の思いを込めた彼女の演技にご期待下さい。 》
しかも、意味不明なコメマーク付きのコメント。

そして新しく刷られたB5サイズのチラシとA1サイズのポスターには、
主役を張るスーツアクトレスの顔写真と同じ内容のプロフィールが追加された。

ただ、この写真が宣伝として適しているかどうかは微妙だ。
打ち上げ時に撮られた、この記念写真は
デキ上がった酔っぱらいの顔をバッチリ捉えており、見る人によっては…。

例えば、娘を心配し続ける母親なんかが見てしまった場合、
楕円フレームのバカ笑い顔に
親しみよりも、殺意に似た感情を抱いてしまうのは無理からぬ事で…。

その母から怨嗟のこもった愚痴を、延々と聞かされた妹が
姉に会う為に帰省したくなるのも、自然な流れなのかもしれない。
4425/95 ◆XksB4AwhxU
本番間近の焦魂塾稽古部屋…。

部屋の片隅では、休憩を言い渡されたポゴ子・カブラ・ツッチーが寄り添い、
何やらヒソヒソと話し込んでいた。

『アレ、教えなくていいんですか?』ポゴ子が後ろめたそうな声を漏らし仲間の2人に問いかける。

アレとは、庵西が(はた迷惑な)親心で(兼、秘密裏に)始めた宣伝活動のことで
パソコンは勿論、激古PHSしか持っていない上に
友人に借金まであるビンボー人には知る由もなかった。

『あんなの教えたら、マユミの奴マジ逃げ出して自分捜しの旅に出ちゃうわよ。
これまでの役者人生を全否定されてる様なモンだもん』
カブラがマンツーマンで指導を受けているネス子を、チラ見しながら応える。
中に入っている池田は真由美より2歳年下だが、付き合いが長いので年齢差によるしがらみは無い。
ちなみにアクトレスの経歴は、池田の方が上だ。

『まゆ先輩って、ずーとココで演(や)ってきたんじゃないんですか?』
入ったばかりで、事情を知らないツッチーがカブラに聞く。
中の沼越が、このメンバーに入れられたのは149cmという理想的な身長だったからで
その点を考慮して、アクションは一番楽なモノになっていた。
4526/95 ◆XksB4AwhxU
『ここに来る前は、他のトコでエキストラばっかやった後、友達がいる小劇団に入ったみたい。
でもそこ、客入りが全然なくて結局バイトとエキストラの生活に戻ったって、飲んだ時愚痴ってたよ。
ウチに顔出す様になったのは、3年くらい前かな、
エキストラの現場でウチのリーダーに見込まれたのが切っ掛けで…。
まぁ、本人は腰掛けのつもりみたいだけど』
『へぇ~。庵西さんに見込まれるなら殺陣が上手いのも納得ですね…』
ポゴ子がネス子を見ながら呟く。
中の川原も、まだ経験は浅いが、その動きは信頼に値するモノだった。

『まったく…、体育大出てる訳でもないのに、あんなに身体動くんだよ?
諦めて、こっち(スーツアクトレス)に専念すれば、いいセン行くのに…。
何で主役任されてるのか、気付いてもいいのにねぇ…』
『ホントですね』とツッチーが賛同する。

『真由美さんて、この仕事いやなんですか…?』
『嫌っていうか、吹っ切れてないのよ。
理想しか見てないから、現実と折り合い付かなくて…ったく、いい歳して…
今度よぉ~く見てなさい、演技が急にギコチナクなる瞬間(とき)あるから。
あれは素に戻っちゃって「私なんでこんな事してんの」って、ジレンマ中に違いないわ』
4627/95 ◆XksB4AwhxU
庵西以上の恐るべき洞察力で池田は、真由美の心情をズバリ言い当てた。
そして元気の無い本当の理由(わけ)も、薄々気付いており
腰掛け気分で主役を演じる真由美に対し、正直ムッとしていたりする。

『でも現地入りして、自分が町中に宣伝されてることを知ったら、どうなりますかね…』
ポゴ子が声をひそめ不安げに呟く…。

『《それ》を見たいと思わない?』
クールに微笑む顔をぐぐっと近づけ、善からぬお誘いをするカブラ。
面の中では、取って置きのイタズラにワクワクする、池田の笑顔があった。

            ・
            ・
            ・

部屋の片隅でそんな密談が交されているなど、アツイ指導を受けている真由美が気付く筈もなく…。
また、酸素量のケチ臭さに、すっかりヤル気を無くした脳ミソが
神懸り的な直感を発揮するなど、まず無理な相談だった。

これが通常業務のブレインさんだったら、怪しげな3人組を見て
ナニかを察知出来たかもしれない…。
4728/95 ◆XksB4AwhxU
【 - し ょ く - 】


8月 第一日曜日 イベント初日。


灯乃の町は自然豊かなアキバ状態になっていた。
まさに湧いて出たとしか言い様のないオタク達が町を闊歩し、ゆぅまぁグッズを買い漁る。
その内訳は、純粋なMANAMIファンが3、純粋でないMANAMIファン(痛いイベント大好き)が2。
キャラショーファンが2、「付き合いで…」が2。

その他1は、
オカルトマニア・廃墟マニア・ほうろう看板コレクター・容姿だけで実は一般人…などなど。
オタと言えど一枚岩ではない。

それは灯乃の町にも言える事で、どこでボタンを掛け違えたのか
土産物屋には《UFO餅・ツチノコサブレー》に続く新名物《ネッシー饅頭》が姿を現し
定食屋の黒板には、《ゐぐあ乃丼》や《めが呂丼》などの新メニューが書き加えられた。
4829/95 ◆XksB4AwhxU
勿論、グッズ販売だけで《イベントです。お祭りです。楽しいです》と言い張るには、無理があるので
参加型のイベントも幾つか用意されている。

しかし定番の、果物狩り・野菜狩り・牧場での乳絞りなどには、少数派の家族連れしか応募せず
多数派のオタは、待てど暮らせど食い付かなかった…。
この敗因は、彼等の生態を良く知らなかった観光部会のミスだが、
全てが企画倒れに終わった訳ではない。

その中の一つ。温泉フルマラソンは、
まずフリーパスを購入し、町中の温泉に浸かって全てのスタンプを集めると、
4種類ある抱き枕のうち1つが貰えるというもの。

したがって、汗まみれで温泉宿にかけ込み、温泉でさっぱりした後
次の目的地に向って汗を流すという、オタにあるまじき健康企画になっていた。

ズルをすれば楽そうな企画だが、車などの不正行為は即失格という厳しいルールがあり
抱き枕の数も限りがあるので、初日から熱いレースが繰り広げられている。
目的の健全性は、この際置いといて
嫌なメロス達は、今日も灯乃の町を駆け巡るのであった。
4930/95 ◆XksB4AwhxU
町から少し離れた山際の廃校跡、午前10時02分…。


野晒しだった木造校舎が消え、草生(む)す広場と化した跡地に
場違いなくらい立派な舞台が鎮座する。

そいつは、イベントに協賛してくれた会社名が並ぶ《書き割り》を背負い
自分に華を添えてくれる役者の出番を、じっと待っていた。

何故こんな、不便な場所に来たかと言うと、
当初、町に近い廃ホテルの駐車場に姿を現す予定だったのだが、
ちょっとしたトラブルにより、文字どおり舞台を移すハメになってしまった。

このハプニングが、吉と出るか凶と出るかは判らないが
たった今履かされた紅白幕スカートのお陰で、吉に転ぶ確率が高くなった気がする。

元校庭の中央には一段高い場所から、新参者を見据えるヤグラが建っていた。
ここは校舎が消える以前から、住民に親しまれている盆踊り会場でもあるのだ。
5031/95 ◆XksB4AwhxU
ここまで来たのだから、舞台の裏手にも目を向けて見よう。
そこには、チビッ子の夢を鉄壁のシートで守る秘密基地、更衣テントが隠れている筈だ。

屋根・壁・床が白いシートで出来たその施設は、約八畳程の広さで男女別々。
しかも、様々なオプションが付き。

その内訳は、
舞台から引っ張って来た蛸足配線が1つ。
潰れ食堂から流れて来た扇風機が1台。
潰れ食堂から流れて来た、背もたれ無しのパイプ椅子が5脚。
更に更に、3つあるクーラーボックスには、
オシボリ・保冷剤・500mlミネラルウォーター・500mlスポーツドリンクが
1人3個づつ享受でき、アイスキャンディは1人4本まで食べられる贅沢さ!

決して皮肉を言っている訳ではない。
現に、《現場行ったら着替える場所なかった…。》
なんて経験がザラにある池田は、心の底から感嘆の声を上げている。
ちなみに修羅場経験のない沼越は、そんな池田を見て本気で驚いていた。

まぁ、素人に毛が生えた程度の沼越から見れば、タコ部屋サウナに見えるかもしれない。
5132/95 ◆XksB4AwhxU
女子更衣テント内、午後1時42分…。

午前中に素早く機材を設置をし、全ての準備を整えたショーチームは
午後の初舞台を緊張の面持ちで迎える…筈なのだが…。
しかしテント内に、そんな雰囲気は微塵も無く
ショーの主役さまは顔を腫らしながら、ブンむくれていた。

「おほほぉ!キテんなぁ~~~。おい、山科。見てみろよ。
電気街もない山ン中にオタオタオタの人だかり。すげぇミスマッチだぞ」
「………」

テントの中に、断りもなくズカズカ入り込む庵西。
その無礼者を完全無視し、ブンむくれ続けるリーチ状態(面を被れば着ぐるみ)の真由美。

「…なぁ機嫌直せよ。色々あったけどお母さんと仲直り出来たろ?」
「………」

主役さまと悪の親玉は緊張もせず、こんなやり取りを延々と繰り返している。
何故、真由美が自閉モードに突入したかと言うと、それは昨日の夕方の事で…。

【 - 続 く - 】
5633/95 ◆XksB4AwhxU
【 - 第一種接近遭遇 - 】


《中の人が、観光客(ひと)目に付くのは、如何なモノかと…》

部会が用意してくれた旅館《あさざ荘》は、温泉街から大分離れた場所にある小さな宿で
この一言が切っ掛けとなり、選び出された町公認の旅館だ。
パっと見の印象は、ビフォアな建物としか言い様が無く、しかも宿泊費は普通。
「何故泊まるのか?」と聞かれれば「何故だろう?」と、言うしかないくらい魅力の無い旅館だった。


しかし、コンビニ弁当が主食のゆぅまぁチームにとって
茶碗に盛られた温かいご飯は何よりも有り難く、それが朝夕保証されてるとなると、
気分は、まさにお大尽。
したがって、板状に湿気っている味付け海苔や
消しゴムサイズの塩ジャケには、あえて目を逸らすのがVIPのたしなみと言えよう。

ついでに、旅館が通常営業をしてたり、泊まれる部屋がアヤメの間とサツキの間の2つだけだったり
他にも泊まり客が居るなど、気にしてはイケナイ。
「僻地な上に、人目に付くぢゃん!」
なんて大それたツッコミは、田舎の商工会にディ○ニー並の管理体勢を要求する様なものだ。
5734/95 ◆XksB4AwhxU
そんな、あさざ荘に渋滞遅れのショーチームが到着したのは
予定を3時間以上オーバーした5時28分。
駐車場と化した高速道路を匍匐前進で離脱し、パーキングエリアでトイレを奪い合い
再び高速駐車場を微速前進で突破して、ようやく辿り着いた安息の地だった。


そしてその、中途ハンパに古ボロい安息の地で。
要らぬ疲労を味あわされ、イラ付いていた山科真由美は…。
運を天に任せれば、実家にだけはバレないと、自分を騙し続けた女は、
《それ》を見てしまった。
フロントに貼られた、自分の顔写真入りチラシを。

「∑な゙っ!……♯ンんぢゃ!こり゙ゃああああっ!!」

目に飛び込んで来たのは、アニメ画の下で馬鹿笑いする己の顔と、大きなお世話プロフィール。

「おぉ~小さい割に、結構キレイに刷れてンな。町に行けば、もっと大きい奴もあるから、もし良…」
庵西がチラシを見て固まっている真由美の背後で
他人事のように話しかけた刹那…。
5835/95 ◆XksB4AwhxU
「∑おま゙えか!?♯おま゙えがやったのかっ!!このクソクソくくぁwせdrftgyふjこ!!」
上下関係など彼方に吹き飛び、真由美は目の前に居るただただムカツク物体に襲いかかった。
猫パンチの成果か、細腕からは想像もつかない腕力で庵西の胸倉を締め上げ
呪い殺さんばかりに睨み付ける。

この一瞬の為に、秘密を共有してきた他のゆぅまぁ3人組みは
お互いを見詰めながら、親指を立て満足そうに頷いた。

その顔は、どれも無表情だったが、一辺の悔いも無い晴れ晴れとした無表情だった。

そんな修羅場が和風フロントで繰り広げられる中、
MC(司会)で呼ばれた上尾(かみお 20歳♀)は、本気で怯え、
エイリアンズと音響の下谷(しもや 24歳♂)が、慌てて止めに入ろうとしたその時、
トウモロコシを手に背後から急接近する年配の女性がいた。
5936/95 ◆XksB4AwhxU
女性は手にしたモロコシを大きく振りかぶり、その安っぽい茶髪に叩き付けた。
真由美以外の全員が呆気に取られる中、スローモーションの様にコーンが弾け飛ぶ。
真由美は、その衝撃にひるむ事無く振り向き、新たな敵に邪眼を向け…そして凍り付いた。

目の前に立ってたのはショーチームの到着時間を聞き付け、旅館の女将に頼み込んで
待たせてもらった真由美の母、山科真佐美その人だった。

恐らく真佐美は、真由美以上にイラ付いていたのだろう…。
「♯こぉのぉ…馬鹿ムスメっ!!7年も心配かけた上に3時間も待たせるとは、どう言う了見よっ!」
挨拶代わりの怒鳴り声と共に、渾身の力を込めたモロコシビンタが炸裂した。
手土産の夏野菜が、恐るべき凶器となって真由美の顔をボッコボコにする。

それは親不孝な愛娘に対し、泣きながら諭す母の姿…には、ちょっと見えなかった。
しかも、殴る快感に酔ってるっぽい…。
明かに眼が逝ってるのが、その証拠だ。

「ちょ…ま、待って下さい。お母さん!3時間は違います!」
流石にやばいと思った池田が、身体を張って止めに入り、他の面々も後に続く…が、
時既に遅く、モロコシの洗礼を受けまくった馬鹿ムスメは床の上でボロ雑巾化していた。
6037/95 ◆XksB4AwhxU
            ・
            ・
            ・

「ははは、いえ。こちらの方こそ真由美さんには何時も世話になりっぱなしで、
今回も彼女が主役でないと、成り立たないんですよ。うはははは」
「そーなんですか?何の取り柄もない馬鹿ですけど、お役に立っているようで安心しました♪」

フロントでの刃傷?沙汰から20分後…。

庵西と母上は、お土産のキュウリとトマトを齧りながら、すっかり息投合し
ゆぅまぁズ+MCに割り振られた部屋で夕刻のティータイムを楽しんでいた。

部屋の隅にはトランプに興じる振りをして、聞き耳を立てる3人娘+MCの姿。
当の、お役に立ってる馬鹿は、仰向けになりながら濡れタオルで顔面を冷やしている。

一見グロッキー状態の真由美だが、心の中では理不尽という名の神をシバく事に夢中だ。
ただ、神様の姿形が庵西と良く似ているのは、何かの偶然だろう…。
6138/95 ◆XksB4AwhxU
「お母さんも真由美さんの晴れ舞台を観に来て下さい。
事前に連絡を貰えれば、中央最前列の席を用意しておきますよ」
                         《《《…ィリリリリィン…。》》》
「あらあら、そうですか♪でも、今ウチの方が忙しくて中々時間が取れなくて…」

備え付け電話のアナログ音が、弾む会話を中断させ、
「あ、はい。はい、判りました…どーも…」
受話器を取った池田が、庵西に告げる。

「リーダー。旅館の方から、お食事の用意が出来たとのことです」
「あら、もうこんな時間?嫌ぁねぇ…長い事話し込んじゃって…そろそろ、お暇(いとま)しますね」
「いえいえこちらこそ、何も御構い出来ずに申し訳ありません」
玄関まで送ろうする庵西を制し、母上が出てゆく。
間際…、

「まゆみ!こんな良い方の胸倉掴むなんてあんたは…。ちゃんと謝っときなさいよ!」
心の中でシバかれていた理不尽の神様が、反撃の右ストレートを叩き込んだ。
気力の尽き果てた真由美は、その一撃であえなくダウンし
仰向けのまま微動だにせず、出ていく母親を見ようともしない…。
6239/95 ◆XksB4AwhxU
だが、次の瞬間、
「…まゆみっ!顔を上げなさいっ!!」
鋭い声に真由美の身体がビクリと起き上がった。
突然のカミナリに、子供の頃叩き込まれた恐怖を身体が思い出し、条件反射で正座までしてしまう。

そのままの姿勢で目をつむり、第2波の物理的カミナリを覚悟していた真由美だが、
何時までたっても、それが落ちて来る事は無かった。
訝しく思った真由美が恐る恐る腫れ上がった顔を向けると、そこには優しく微笑む母の顔が…。

「お帰りなさい…まゆみ。帰る前にちゃんと(実家に)顔、出すのよ…」

パタンと閉まる扉を見つめながら、耳に残る言葉を反芻する。
役者になる事を猛反対していた母。
会えば、絶対に今の自分を馬鹿にすると思い込んでた母が
何も言わず、ただ優しく迎え入れてくれた…。
本当に…本当に久しぶりに聞く母の優しい言葉。
それだけで、胸の奥がジンわりと熱くなって行く…。

今すぐ追いかけて、全てを謝りたい衝動にかられたその時…。
「良いお母さんじゃないか…。」
背後から肩を叩かれ、庵西が綺麗に〆た。

やっぱり、コイツをコロそうと思う真由美だった。
6340/95 ◆XksB4AwhxU
【 - ウェルカム グリーティング - 】


と言う訳で、本番ギリギリまで主役を休ませる事となり
他のゆぅまぁズは、お披露目グリーティングに奔走する。

たまに吹く風など、気休めにもならない午後の陽射しの中
川原演じるポゴ子の、お淑やかな仕草が、次々と写真の中に収まってゆく。
青いストレートの前髪と、それに乗るように広がるウェーブのかかったセミロング。
後には大きなリボンのアクセント。
暗色エメラルドの瞳は、かすかに垂れ
その、やさしく微笑む顔と流れるような髪型が見事に調和している。
特にうつむきながら、ヒレの先っちょで頬を押えたりすると、造型度120%の可愛らしさを発揮した。

しかし癒し系の顔の下は、レザー製燕尾服をスクール水着にしたような
ネス子に負けず劣らずのアレな衣装な訳で…。
この衣装も前の裾から2枚の折り鶴羽が垂れ下がっているが、
後の燕尾部分はイルカ尾ビレになっていた。
そしてその下は、スカートではなく水色レオタードで、
そこから飛び出る肌タイツの太モモと併せて、青少年によろしくない雰囲気を醸し出している。

中の川原も意識するのか、時々恥かしそうにヒレで隠すが
両ヒレを重ねて、恥かしそうに身を屈めるポゴ子の姿が、反ってオタ目を惹いていた。
6441/95 ◆XksB4AwhxU
ポゴ子から離れること数メートル。
池田演じるカブラは、胸まである赤いストレート髪をなびかせながら
琥珀の瞳をカメラに向け、毅然としたポーズを決めていた。
特徴は、両耳の上に生えた八つ橋みたいなツノと、背骨に沿って並んでいる小さな背ビレ。
正確に言うと、背ビレはチャックの横から生えており、洗濯時には取り外し可能な親切設計だ。
衣装は、レザーと綿が組み合わさったブラにショートパンツ。
それに膝まで覆うブーツと、どれも赤い迷彩色になっている。

中の池田はショーオタのツボを心得ているのか、
普段は腰に手を当てたり、軽く片手を上げるだけだったりと、クールなポーズしかしないが
突然、ひったくったグッズを頭に乗せたり、
アヒル座りをしながら指を口にあてたりして、愛嬌たっぷりな仕草をしてくれたりする。

もう1つ特徴であるエ〇ム街な爪グローブは、危険なので客前では付けていない。
したがって、写真に写っている姿が肌タイ素手だったら、グリ中である可能性が高い。
背景が観客まじりの野っ原だったりしたら、より確実。
そして、そんな写真ばっか撮ってる奴は
池田のギャップ攻撃にやられたショーオタと思って間違い無い。

後日、カブラフリークと化した彼等に、思わぬ出費が襲いかかる…のだが、
やられた時点で、それはもう運命だろう。
6542/95 ◆XksB4AwhxU
一方、沼越の入っているツッチーは、家族連れを中心にかけ回っていた。
白に近い、内はねショートの銀髪にションボリ(´・ω・`)顔のツチノコベレー帽を乗せ
満面の笑みを浮かべる面は、トパーズの虹彩と口から覗く赤いメッシュ生地がよく目立つ。

衣装はサテン地のキャミソールっぽい服にショートパンツ。
どちらも光沢を放つ白で、パンツからはツチノコの尻尾がピンと飛び出ている。
このキャラクターだけブーツではなく、パンプスに
赤い紐が螺旋状にまかれたレッグウォーマーのような物を着ける仕様だ。

経験の浅さからか、ツッチーのグリーティングはどうにも空回り気味で、
突然近づいて子供に泣かれたり、手を振っても目を逸らされたりで、思う様に行かない。
そしてその気持ちを代弁するかのように頭のツチノコはションボリし、
沼越も肩を落しながら、テントに戻るのだった。


こうして見ると、いっけんバラバラに見えるゆぅまぁズだが
首には黄色いチョーカー、二の腕や太ももにはレザーのバンド。
そして、全員胸がないという共通点がある。

だが、野郎共がその事を指摘したりすると、足元の狂った蹴りと
手元の狂った拳が、確実に鳩尾を捉えるという
恐ろしい殺陣になってしまうのでチーム内では禁忌になっていた。
6643/95 ◆XksB4AwhxU
【 - 灯乃町 危機一髪!! - 】


ショー開演1分前……。

宣伝と観覧無料が功を奏し、会場にはレジャーシートを広げた家族連れと
レジャーシートを広げたオタと、草むらに座るオタと、立ち見するオタと
三脚+望遠でステージを覗くオタで一杯になっていた。
判り易く言うと、最前列の家族連れ以外は、
ヌルイ・濃い・廃人の違いしかない人達が埋め尽くしている状況だ。

そんなカオス会場の視線が、ステージ上に現れた1人の女の子?に集中し、
夢舞台は、いよいよ開演の時を迎える…。
6744/95 ◆XksB4AwhxU
「みんなぁーーーっ。こーーーんにーーーちぃわぁーーーっ!」
舞台に現れた上尾が、セミも落とせそうなアニメ声を放出し、ショーの幕が切って落とされた。
その姿はオレンジのパーカーに白のミニと、場末チックなアイドルを連想させ
シュールな空間をばっちり彩っている。

「今日は灯乃町のお祭に来てくれてありがとー♪お祭は今度の日曜日まで続きます。
その日は御神輿も出ますし、この会場で
花火を打ち上げての盆踊り大会もありますから、そちらにも来て下さいねぇ~♪
…と、お知らせもこの辺に…しまして…。
今日は良い子のみんなの為に、ゆぅまぁーズのおネェさん達が来てくれました!」

御神輿や花火には、食い付かなかったダメな人達が反応する。
上尾の言う《良い子》に、その方々が入っているかは、別として
最前列の子供たちは、間違い無いく喜んでいた。
6845/95 ◆XksB4AwhxU
「おネェさん達が、わるーーーーい宇宙人から灯乃の町を守る為、
日夜大活躍してるのは、みんな知ってるよね?
でも、今日は良い子のみんなと遊ぶ為にやって来たんだよ♪
じゃあ、そろそろおネェさん達を呼ぼうか?
せーーーーーーのっ!!ゆぅ…」

「 うはははは、そうは逝かん! 」

「えっ!?ナニナニ?きゃ~~~たすけてーーーーっ」
棒読み気味な悲鳴を上げ、舞台上手(かみて・右側)に逃げる上尾。
そして、舞台下手(しもて・左側)から出て来たのは、
ベルトでしめ付けた白衣の上に黒マントを着け
幹部帽子?を頭に乗せた庵西とエイリアン太郎・次郎だった。

「ふはっはっはっ。宇宙を旅して目に付いた!灯乃を必ず支配する。
我が名はプロフェッサーO(オー)。貴様らは親しみを込めてプラズマ大先生と呼ぶがよい」
顔に稲妻マークをペイントしたノリノリの庵西が、マイクを手に高らかに宣言する。
それに従う2人のエイリアンは、黒トレーナーの上に何故か《祭》の文字が目立つ
法被(はっぴ)をはおっていた。
6946/95 ◆XksB4AwhxU
「ふふふ、チビッ子諸君コンニチ…って、何だこの童貞墓場はっ!?
アニオタしかおらんではないか!」

教授の無理もない突っ込みに
一部の客が笑い、一部の客が傷付き、意外な事に子供たちも笑っていた。
別に話が判るという訳ではなく、他の笑いにつられたのと、
舞台に現れたヘンなオジさんが面白いのだろう。

「一般人のサンプルが欲しかったのだが、まぁよい…予定変更と逝こう。
さて、アニメ大好きっ子な貴様らに、嬉しいお知らせと悲しいお知らせ。
それと耳寄りなお知らせがある」

エイリアン達がクチバシに指を立て、静かにする様ジェスチャー。
よく見ると皿の下に、捻りハチマキまでしている。
7047/95 ◆XksB4AwhxU
「まず…来年の春より、ゆぅまぁズ4のアニメ放送が決定しました。はい拍手!」
エイリアン達がウンウン頷きながら、拍手をする。
そして会場から「ゔぉおおお!」とも「え゙ぇえええ?」とも付かない歓声が起こった。
前者が純粋なファンで後者が純粋でないファンだろう。

「次に悲しいお知らせ。現在、制作費が底を付き大変なピンチを迎えております。
このままでは、ハケ塗りのカックンカックン動く、黒いアニメが放映される可能性大であります!」
またも「ゔぉおおお!」とも「え゙ぇえええ?」とも付かない歓声が湧き起こる。
ただし、前後の関係が逆転していた。

「ハイ!そこで耳寄りなお知らせ!只今より、ゆぅまぁファンドの受け付けを行います。
みなさまの勇気が、このアニメの行く末を決める一大事!
一口たったの5000円!さぁ、お一人様何口でも投資可能なこのチャンス…」
エイリアン2人も、五千の所で右手をパーにしてアピールする。
しかし、その時!

『そこまでよ!』

教授の台詞をさえぎる大音量の(ちょっと素人っぽい)声が会場中に響き渡った。
7148/95 ◆XksB4AwhxU
「ぬぅ…何者だ!!」

カブ『霧の彼方に黒い影…波の狭間に白い影…』

ポゴ『確たる証拠はないけれど、絶対居ます見付けます』

ネス『捏造バレても(゚ε゚ )キニシナイ!』

ツチ『指差し確認、要注意!!』

全員『未確認戦士ゆぅまぁズふぉう!姿も隠さず只今参上!』

MC上尾の逃げていった舞台袖から、颯爽と飛び出す4体の着ぐるみ。
ちょっとタイミングがずれてポーズと台詞が合わなかったのは
昨日の遅れで、舞台稽古が出来なかったからだ。
7249/95 ◆XksB4AwhxU
カブ『みんな目を覚ませっ!この宇宙人が言ってる事は全部出鱈目だぜっ!』
ゆぅカブラが爪を横になぎ払い、力説する。

ポゴ『そうよ!こんなのに釣られたら、恥かしくて被害者の会も作れないわっ!』
ゆぅポゴ子が大きくヒレを広げ悲しそうに首を振る。

ツチ『作ったら作ったで、ワイドショーの晒しネタにされるニョロ!』
ゆぅツッチーが人差し指を立ててワンポイントアドバイス。

ちなみに語尾のニョロは、録音中に庵西が思い付いたアイデアで、
その時、どれくらい録り終わっていたかは、当事者しか知らない。
ただ、「お疲れ様でした」と言おうとした声優さんに「じゃあ本番行こうか?」
と、カウンターをブチ込んだらしいと言う噂がある…。

ネス『町の侵略よりファンド詐欺を優先する冷酷無比な宇宙人!
   そんな人生を舐めきった侵略態度許せない!
   死ぬ寸前にネタばらしされるくらい許せないわっ!』  
ゆぅネス子がネッシー口をパクパクさせながら、教授をネッシー差す?
7350/95 ◆XksB4AwhxU
「ぬぅぅぅっ!いまいましい、ゆぅまぁ共め!普段は影だけで2時間番組を持たせる癖に…。
あっ!あれだな?投資0だったら、自分達も凹むから邪魔するのだな?
この意気地なしがっ!
エイリアン太郎!エイリアン次郎!
この意気地なし共を片付けて、ビジネスライクな時間を取り戻すのだ!」
『イィーーーーッ!』
エイリアン2人が、いかにも戦闘員な声を張り上げる。

ネス『灯乃町規約第624条!地球外がい来種は?』
ポゴ『買わない』
カブ『飼わない』
ツチ『持ち込まない』
ネス『と言う訳で』
全員『いっつ正体無っ!!』

カブラが太郎。ポゴ子とツッチーが次郎。
そしてネス子は、教授…というより庵西に猛然と襲いかかった。
こうして、本当の意味での舞台の幕が切って落された。
7451/95 ◆XksB4AwhxU
【 - ゆーまープリンセス vs ワるきょージュ - 】


「「「「おぉおおおおおおおお!!」」」」
1分後、会場は驚きの声に満ちていた。
舞台の上では、先ほどの客を舐めたバラエティショーから一転、
仮〇〇イダーワー〇ドやウ〇トラ〇ンフェ〇ティバルでも見られないような
アクションシーンが繰り広げられている。
あまりのギャップに度肝を抜かれたというのは、言い過ぎだが
シャッターを切るのも忘れて、見入ってしまう客が少なからずいたのは確かだ。

相手の蹴りを紙一重でかわしつつ、反撃の一発を相手が紙一重でかわす。
そんな恐ろしい事をまるでダンスの様にこなすキャラクター達。
まさに魅せる動きだ。
特に中央で戦う、ネス子対教授は殺陣とは思えない凄まじい戦い方をしていた。
7552/95 ◆XksB4AwhxU
山科真由美とて、救い様のないバカではない。
ここまでされれば、今までの自分を振りかえる事ぐらいはする。
そして出した結論を、順を追って見てゆくと、

零、今の状況は、全て自分が悪い。
一、母と和解が出来た。
二、結局、只の被害妄想に過ぎなかったのだろうか…?
三、庵西に大きな借りが出来たっぽい。
四、庵西が何故、こんなに親身になってくれたかは謎だ。
五、思えばチームのみんなにも、甘えっぱなしで迷惑を掛けて来たと思う…。
六、そろそろ、この仕事にケジメを付けて、身の振り方を決めよぅ…。

七、まぁ、それはそれとして、このオヤジに一発入れておきたい。
八、殺陣の上の不埒(ふらち)なら、後腐れなさそう…。
九、敬(うやま)うべき先輩?。帰る切っ掛けを作ってくれた恩人?。何それ?
十、理屈で納得出来るほど人間デキちゃいねぇっ!!

以上の理屈で、まずは庵西を成敗しないと先に進まないという結論に達した。
凄まじい論点のズレっぷりだが、本人は至って真面目だ。

やっぱり、バカなのかもしれない…。
7653/95 ◆XksB4AwhxU
メロディックにハードな蹴りが、教授の身体を何度もかすめる。
キメるつもりでやっているのに、庵西は50間近とは思えない超人的な身のこなしで
拳を弾き、蹴りを避け、その全てをしのぎ切った。
「ふふふ、どうしたどうした?モロコシを食べ過ぎて、蹴り一つ満足に当てられないか?」
(♯ムっっクゥアッ!つくぅぅぅぅっ!!)

余裕の表情を浮かべた教授が、観客には意味不明の台詞でネス子をヒートアップさせる。
間の悪い事に庵西の方も、本気を出した真由美の動きに魅せられてしまい
それを更に引き出す為、必要以上の挑発を繰り返すという最悪の展開を迎えていた…。

「ところで先程から胸が見当たらんが?変身してしぼんだか?ぬはははっ」
実に厭らしい笑みを浮かべる教授。
その顔が上京したてで何も知らない真由美に豊胸マシーンを売り付けた
キャッチのクソ女とオーバーラップした。
真由美の中の《コイツだけはコロす》ランキングのトップと、
目の前にいる稲妻マークオヤジが激しいデッドヒートを繰り返し…

「だいたいイイ歳こいて、よくそんな格好出来るな?うははははっ」

それが、ひらひらコスチュームのネス子に向けたのか台詞なのか、
ひらひら着ぐるみの真由美に向けた台詞なのかは、アドリブなので判らない。
だが次の瞬間、
『♯こんぬ゙っくそやじゃあああああああああああ!!』
怒髪が面を突き破りそうな叫び声が上がり、
パワーとスピードが1.5倍になったネス子のラッシュが炸裂した。
7754/95 ◆XksB4AwhxU
ネス子の滅茶苦茶な攻撃を腕でブロックし、耐える教授。
その振動をマイクが拾い耳触りなノイズがスピーカーから漏れ出る。

『あはははははひっ、うひふふふははははははっ!』
これは庵西ではなく、ネス子の面から漏れる真由美の笑い声だ。
他のメンバーも中央で戦う二人に恐れをなし、戦う振りをしながら舞台端に逃げ出していた。

『しにゃああああああっ!』
物騒な掛け声と共に大振りの回し蹴りを浴びせるネス子。

ツインテールが空を切裂き、水玉の潰れた白い残像がイナヅマ顔に襲いかかる。
それを難なく避けられると思った庵西は、
書き割りに向って吹っ飛んでいく帽子を見て、初めて緊張の色を見せた。
その顔に先ほどの余裕は微塵もない。

『∑チッ!!』
一方、真由美は完璧に捕らえたと思った必殺の蹴りをかわされ、素の舌打ちをする。
お尻では、ネッシー尻尾が何時壊れてもおかしくないくらいブンブン揺れ狂っていた。
7855/95 ◆XksB4AwhxU
《《《 ∑ガゴッガゴッガッ!! 》》》

再びスピーカーから耳障りな雑音が漏れ、それが収まると教授の姿は舞台の袖付近にあった。
身の危険を感じ間合いを取る庵西だったが、不様な逃げ方などしない。
床にマイクを当てながらも、芸術的かつ豪快な3回連続バック転を決め、会場まで沸かせてしまう。

そして幾等焦ろうとも、芝居の事は決して忘れなかった。


「ハァハァ…クッ!…。3対4では分が悪い…。
こうなったら、用心棒の先生にお願いするしかあるまい…。
先生っ!ザリガニせんせーっ!」
7956/95 ◆XksB4AwhxU
(∑でえ゙えええええええええっ!?)

舞台袖でステージを覗いていた海老原が突然の御指名に驚愕する。
何故かと言うと宇宙ザリガニの出番は、本来もう少し後な訳で…、
ついでに、彼は手下であって先生でも用心棒でもない。

『ザリガニィィィィーーーーーーッ!!』
(∑うそっ!?)
音響の下谷が無情にも、効果音扱いの鳴き声を入れてしまい海老原を窮地に立たせる。
こうなっては出ない訳には行かなかった…。

舞台袖から威圧するような声とは程遠い、及び腰のザリガニ先生が恐る恐る出てくる。
その格好は、太郎次郎と同じ黒のトレーナーに祭り法被という小粋なザリガニだった。

「…任せた」
芝居は忘れないが、身の安全も忘れない庵西が逃げ去り…、
(えっ!ちょ、…まぢ…で?)
任されてしまった海老原が恐る恐る舞台の方を向くと
そこにファイティングポーズを取りつつ、肩で息をしているネス子の姿が…。
『ザリガニィィィィーーーーーーッ!!』
再び、スピーカーから威嚇音が響き渡る。
その声に反応してネス子の身体がピクリと動き、ザリガニを獲物と認識した。
8057/95 ◆XksB4AwhxU
(もう、面倒だからコイツでいいや…)
海老原にとって、はた迷惑な妥協をする真由美。
ただただ疲れ果てたものの、納得のいく成果が得られていない今、
目の前に居る鈍そうな奴は、腹を満たすのに見合う獲物に見えた。

その時、池田カブラは腕をグルグル回したり、拝んだりしながら音響の下谷に何事かを伝え…、
そして…。

ネス『敵がひるんだわっ!みんなの力を合せてトドメよ!』

スピーカーからイキナリの必殺宣言をする、ゆぅネス子の声が響き渡った。

「「「「 ∑え゙ぇえ゙え゙え゙え゙え゙っ!? 」」」」
あまりの超展開に観客の方から疑問の歓声?が沸き起こる。
もっとも、こういう黒い展開がたまらない方々は物凄く嬉しそうだった。

こうして、初日のお披露目舞台は、
宇宙ザリガニがゆぅまぁズの必殺技を食らう為だけ、に出て来るという展開で幕を閉じた。
8158/95 ◆XksB4AwhxU
「まったく、2人共いい歳をした大人なんですから、まじめにやって下さい!」
「……ごめんなさい」
「……すまん」
日も暮れだし、明りが灯り始めた旅館の廊下には、仲良く正座させられる2人の姿。
目の前には、カブラみたいに腕を組んで叱り付ける池田の姿がある。
「特にリーダー!マユミをからかうのは、止めて下さい!このコ、すぐムキになるんですから!」
「いや、しかしな…お前も判るだろ?熱くなった時のコイツの凄まじい…」
キッ!っと睨み付け、庵西の言い訳を遮る。

池田が怒っているのは、みんなを代表してであり、
場合によっては、2人を残して引き揚げるというメッセージも告げてある。
こうなっては流石の庵西も従うしかなく、
50間近の男が23の小娘に説教されるという珍しい光景が繰り広げられていた。
8259/95 ◆XksB4AwhxU
「それから、マユミ!あんたもすぐムキになったりしないっ!」
「…はい」
真由美の方は精も根も尽き果て、正直今の状況をあまり理解していない。
ザリガニを必殺フヂヲカ,スペシャルで倒した後、エンディングのダンスを踊り
ネッシーがマジックをくわえ、アニメ画の色紙にサインをしている…。
そんな光景を夢見心地で記憶しているのだが、実感が伴なわない。
だから池田の説教も、意識の遠い所で響いてくる雑音くらいにしか認識していなかった。

「これより正座一時間。もちろん私語厳禁!それと、お夕飯は抜き。
さらに反省文を明日の朝までに書き上げて提出すること。以上!」
きびすを返し、部屋に戻っていく池田を見送り、
庵西と真由美は、お互いを見つめた後、頭を垂れ深い溜息を漏らす…。

次の日サインペンで書かれた反省文と、筆ペンで書かれた反省文が
殺風景なテント内を飾り立てていた。

【 - 続 く - 】
9060/95 ◆XksB4AwhxU
【 - カラオケと サウナと 三者面談 - 】


初日は大賑わいだった灯乃の町も、日を追う事に客の数を減らして行き、
最終日前日には、少数のMANAMIファンとキャラショーファンしか残っていなかった。
痛いイベントを求めていた物好き達は、意外に真面目なイベントぶりに落胆し
新たなネタを求め、灯乃を去った。

「付き合いで…」の人達は「付き合ってらんねぇ…」の一言で消え、
その他に分類されるオカルトマニアは、幽霊目的で夜の廃ホテルに侵入し
廃墟マニアは侘び寂びを求め、昼の廃ホテルに侵入したが
二週間前に地元ヤンキーがやらかした
肝試し花火大会 in 廃虚ホテル(ボヤ騒ぎとも言う)のトバッチリを受け通報された。

結果、客足は鈍ってしまったものの、初日の売上が大きく貢献し
大量の在庫を抱えて青くなるという事態は、避けられたようだ。
少し早めに総括すると、今回のイベントは中の上くらいの成功と言える。

ちなみにグッズの売上はゆぅまぁズチームも貢献しており、ショー終了後には
日替わり色紙と4種類のキャラクター団扇にサインを書き
あこ〇な値段で売りさばく姿が見受けられた。
9161/95 ◆XksB4AwhxU
8月 第二日曜日 イベント最終日。

そして迎えた最終日。
この日は、これまでの客層とは違い一般の家族連れの方が多かった。
流石に今日ばかりは、神輿と盆踊りが主役の地元祭りといった雰囲気が強く
濃い方々が絶滅寸前に追い込まれている。
しかし全オタが死に絶えた訳ではない。
来年もやるとは限らないレアショーを見逃すほど、ショーオタは甘くはなく
今頃、機材のチェックやHPのネタ捜しをしたりして公演までの時間を潰している筈だ…が。

何気にこの《持て余し時間》が曲者で、余計なお土産を買ってしまったり
イロモノメニューに挑戦して大後悔したりする魔の散財タイムなのだ。
例えば彼等のHPに、ゆぅまぁグッズと共に写る《めが呂丼》の姿があったら
まずその大きさに驚き、記念撮影をした後、味の不味さに2度ビックリしたと思って間違い無いだろう。

そんな老若男女+オタが入り乱れる喧騒の中、
人垣を縫うように祭りを楽しむ一人の女性の姿があった。
カジュアルな装いで懐かしそうに祭りを見物する彼女は、
真由美を黒髪にして眼鏡をかけさせ、ちょっとあどけなくした様な顔立ちをしている。

            ・
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9262/95 ◆XksB4AwhxU
「ふふふ、会場にいるチビッ子諸君!宇宙に来たまへ。
これからは宇宙の時代!
耐熱タイルを剥がしてでも宇宙に行きたいお年頃なのだ!
今ならサマーキャンペーン中につき、御一人たったの10万円!
10万で、宇宙線浴び放題なこのチャンス!
さぁ、スペー〇アドベン〇ャーズより、スペースリーズナブルなこのお値段で、君も今日から…」

カブ『そこまでだっ!町のチビッ子を宇宙市民にしようとする、グローバル過ぎ宇宙人ども!』

ポゴ『只でさえ税収落ち込んでるのに、未来の納税者を持ってかれたら迷惑よ!』

「ふふん!また邪魔するか、ゆぅまぁズ…。
言っておくが、こんな田舎に燻る奴が高額納税者になると思うなよ!
第一、そんなに少子化が心配なら、貴様らが家庭に入って子作りに専念すればよかろう?
何ならワシが満遍なく協力してやっても好いぞ?ぬははははっ!」

ツチ『せくはらニョロ!』

ネス『少子化にかこつけて、性的嫌がらせをする極悪非道な宇宙人!
   悪の癖に正論を吐く、その態度が気に食わない!
   死ぬ寸前にネタばらしされるくらい気に食わないわっ!』

全員『いっつ正体無っ!!』

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9363/95 ◆XksB4AwhxU
連日の公演は、初日のハプニング以外順調に経過し、真由美の方も
次の日から、ごく普通の殺陣に戻っていた。
チームに迷惑をかけたというのもあるが、猛暑の公演で体力に余裕が無いというのが正直な所だ。
庵西の方もマントを省略したり、帽子に保冷剤を仕込んだりして、この長丁場を乗りきっている。
だが、体力に余裕がないと言う訳ではない。
本当の所、真由美をからかいたくて、ウズウズしてるのだが、
カブラの中から無言のプレッシャーを感じ取り、自粛せざるを得なかった。

衣装の方も町のクリーニング店《清潔工房》の全面協力により
洗えない物以外、常に清潔な衣装を用意して貰っているが、
面の細かい傷やタイツのほころびなどは、日に日に目立っていった。

そんな満身創痍の着ぐるみに身を包み、ようやくたどり着いた最終日。
前半戦を終了したゆぅまぁズに思わぬ試練が立ち塞がる…。
9464/95 ◆XksB4AwhxU
「あぢぃ~~~~…っ」
テントの中では、アンダーマスクを首までズリ降ろした真由美がパイプ椅子の上で溶けていた。
「あぢぃ~よ゙ぉ~~~っ。はやくおわれよ゙ぉ~~~…っ」
ブー垂れながら、売れ残りの団扇でスカートの中に風を送る…
そのダラケた態度から、
カケラも反省してい無いように見えるが、ダラケているのは真由美だけではない。

他の3人も似たようなモノで、池田と沼越はクーラーボックスのオシボリで顔を覆い、
川原はヒレを手に持ち、団扇代わりにして涼んでいる。
本来ならカラオケ大会を挟んで午後の部が始まり、今頃は舞台の上に立っている筈なのだが…。


《《《 まはぁーーーつりぃひぃだ!まぁつりぃだ!まつりだっ♪ 》》》


北〇〇郎の大音量カラオケがテント内に響き渡り、不快指数を更にアップさせる。
別に真由美達は北〇〇郎が嫌いという訳では無い。
ただ、カラオケ大会の司会のおっちゃんが、例年にない立派な舞台(例年は、広めの朝礼台)
に舞い上がった所為か、「飛び入り大歓迎!!」などと
余計な事を口走しりやがったので、予定時間を過ぎても終わらない事に苛立っていた。
9565/95 ◆XksB4AwhxU
「…いっその事わたし達も飛び入って、このまま午後パートをチャラにしちゃおうか?」
こんな台詞を平気で吐いちゃうくらいの反省はしている。

「う~~~ん…。メンバー1人づつ、ザワワを全部歌えば、潰れる…かな?」
生真面目な池田も、思わず一考してしまうくらいの状況…。
それくらい、この《着ぐるみ待機》は過酷だった。

「えっ!?ちょっと…わたし歌には、自信が…」
まぢに受け取った川原が戸惑う。
「まゆ先輩、顔が売れてるから有利かもしれませんよ?」
「…かお?なんで……あ゙っ!!」

沼越の言葉の意味が最初、判らなかった真由美だが
自分の顔が入ったポスターが町中に貼られている事を思い出し、
「今の無し!やっぱりパス!」と、己の提案を却下した。
9666/95 ◆XksB4AwhxU
「なんだよ?そんな事も忘れてたのか?」
保冷剤をオシボリに包みながら池田が呆れる。
「だって…現場と旅館の往復で、遊ぶ時間なんてないぢゃん…」
おマヌケな事に実家との確執で頭が一杯だった真由美は、町の住民の目をすっかり忘れていた。

「あちこちにベタベタ貼ってあるみたいだから、イベント終わるまで行かない方が良いんじゃないか?
でも、こーいう田舎って10年くらいは平気で剥がし忘れるんだよなぁ…」
「うっ…」
「別に良いじゃないですか。写真うつりはともかく、そんなに恥かしがらなくても」
川原が毒気混じりの慰めを、さらりと言う。
「だって…」
やはり、家の者に対する羞恥心とは、別の恥かしさを感じてしまう。

「真由美さんを見たチビッ子が《着ぐるみのおネェーさんだっ!》って指差したら
《はぁ~い♪》で、いいじゃないですか?」
「そ・れ・がっ!嫌なのよっ!」
団扇をビシッと川原に突き付けながら、言葉に力を込める真由美。
「はぁ…」
そして真由美をからかう楽しさを、覚え始めている川原に対して溜息を付く池田。
そんな事どーでもいい沼越は、別のクーラーボックスから、
ソーダ味のアイスキャンディを抜き取り一人頬張っていた。
9767/95 ◆XksB4AwhxU
「ちょっと、いいか?」
いきなりテントの入り口から庵西の声が響き、慌てまくるゆぅまぁチーム。
「ちょちょ、ちょっとまって下さい!」
そう言いながら、慌てて面とグローブを着ける池田。
先にヒレを付けてしまい、面が被れず、慌てて外す川原。
真由美も腕ネッシーを先にはめてしまい、同じドツボにはまっていた。
沼越は食べかけのアイスを捨てる事も戻す事も出来ず、
無理矢理口に詰め込んだ為、笑顔の面の中で激痛に耐えている。

「おう、暑い中ご苦労さん」
『で、出番ですか?』
面の位置を直しながら、テントに入って来た庵西に問いかける池田。
庵西もプロフェッサーの格好で、稲妻メークもバッチリ入っている。
「いや、《差し入れしたい》ってお客さんが来たから連れて来た」

((((…???))))

意味が判らない、ゆぅまぁズ。
いくら熱狂的なキャラショーファンと言えど普通、テントの中まで連れて来たりしない。
9868/95 ◆XksB4AwhxU
だが、庵西に続いて…
「…おじゃまします」
頭を下げながら真由美そっくりの女性が入って来ると、
『…まなみっ!!』ネス子が驚愕の声を上げた。
「お、おねーちゃん?」
ネス子に真奈美と呼ばれた女性も驚愕の声を上げる。

黒髪眼鏡のニセ真由美と、笑顔の絶えないアニメキャラが見詰め合う。
数秒後、先に口を開いたのはニセ真由美の方だった。
「どぉーして、そんな格好してるのっ!?」
『♯お前がそれを言うかぁぁぁぁっ!!』
微妙なニュアンスのすれ違いに、飛びかからんばかりに突っ込むネス子だったが…。

《みんなに迷惑をかけてごめんなさい》と、
100回書かれた反省文をバンバン叩くカブラを見て動きが止まった。
きっとクールに笑う面の下では、鬼の形相でネス子を睨んでいるだろう。

            ・
            ・
            ・
9969/95 ◆XksB4AwhxU
「いえね。真由美さんは、ウチのチームには欠かす事の出来ない戦力なんですよ。
彼女しか出来ないアクションもあって、ホントに貴重な人材で感謝感謝の毎日です。うはははは」
「そーなんですか?音信不通だった姉が地元で、ステージショーをやるって聞いて驚いたんですよ。
えーと…人形劇…じゃない…ぬいぐるみ劇団ですか?予想もしてない所に居たもんで…。
ともかく、いい人達にも恵まれてるみたいで…ホント、安心しました♪」
(どーしてこう、親娘そろって単純なのかねぇ…)

蒸し暑いテント中では、教授・ネス子・原作者さまの
アニメと現実が融合した異次元三者面談が開かれている。
教授は汗一つかかず、クーラーボックスのアイスキャンディを奨め、
ネス子は押し黙り、
原作者様は、拭いても拭いても吹き出してくる汗に難儀しながらも、庵西とすっかり息投合していた。

「いぇ、ぬいぐるみ劇団とは、ちょっと違うんですよ…んンン…何ていうか…。
普通の漫才とドツキ漫才の違いといいますか…まぁ、似たようなモンです。うはははは」
「そーなんですか?ふふふふ♪」
(何が、そーなんだ…?おい…)

ちなみに他のゆぅまぁズは、突然ババ抜きがやりたくなり、
テントの隅でトランプを切り始めるのだが、庵西に蹴散らされてしまい仕方なくグリーティングに出ている。
10070/95 ◆XksB4AwhxU
「…どうした、山科?まるで『久しぶりに妹に会ったら、自分より大人になってるのがショックで、
恥かしくて顔も見せられない!』…みたいな態度だが?」
(♯どーしてこのクソオヤジは人の図星部分をピンポイントで突いてくるかねぇ…)

どうもこうも、着ぐるみ姿のまま喋らず、目も合わせようとしないなら、そのくらいの察しは付くだろう…。
庵西の言う通り、記憶の中の妹と、目の前にいる妹との違いに真由美は戸惑っていた。

そして自分の中で《勝ち組の妹》と《負け組の姉》という図式を作ってしまい、
それが負い目となり、顔を合わせる事が出来ないでいる…。
着ぐるみ晒しを避けようとしていた本人が、
晒したくない相手を目の前にして、脱ぐに脱げないという皮肉な状況に陥っていた。

『わたしは只、何時でも舞台に立てるようにスタンバってるだけです』
「…ふん。まぁ確かに、それ程苦しい言い訳では無いな…」
外から漏れてくる審査結果の発表を耳に、庵西が嫌味を込めて呟く。
10171/95 ◆XksB4AwhxU
『なんですか?その棘のある言い方』
「ぶぅぇーつぅにぃ~。
先生、こんな弱虫毛虫の恥かしがり屋さんでも、舞台の上では光モノがあるんですよ。
よかったら舞台袖から、ご覧になりませんか?」
「い、いぇ私は、他のお客さんと一緒でいいです。邪魔しちゃ悪いですし…。
そろそろ、お暇しますね。あっ!これみなさんで食べて下さい。終わったら、またお邪魔します。」

そう言いながら、お土産に買ったネッシー饅頭を庵西に差し出す真奈美。
この饅頭はクビ饅頭とコブ饅頭に分かれていて、平らな場所でクビ・コブ・コブと並べれば
どこででも、スコットランド気分が味わえるビジュアル系和菓子だ。

「さて…どーするんだ?」
テントから出ていく真奈美を見送った庵西が姉の方に振り向く。
『何がですか?』
「何が、じゃないだろう……?明日の撤収作業は免除する。
一日、自由にしていいから、お前はその時間で何をすべきなのか判るよな?」
『温泉巡りですか?』
「…下らない冗談は置いとけ。ホントに判らないなら教えてやる。
お前は実家に行って、玄関先に7年分のオデコを擦り付けてこい!
これはチームリーダーとしての命令でなく、人生の先輩としての魂の命令だ!」
ビシッ!っと、人差し指を面のメッシュ部分の押し付け、言い放つ庵西。
10272/95 ◆XksB4AwhxU
『…それくらい、言われなくて判りますよ』
不貞腐れ気味に呟く真由美。
正直、公演前日に湧き上がった母親に対する謝罪の気持ちも、
ケジメを付けるという気持ちも、連日蓄積していく疲労の前にすっかり霞んでいた。
「その割に、この一週間《時間を下さい》の一言もないな?」
『それは…その……』庵西の真剣な眼に、
『ごめんなさい…』
真由美は謝るしかなかった。

「お前は幸せだぞ。
役者とは関係ない仕事に就いて、くたびれた中年になってから懺悔するとか、
帰ったら家が無くなってたとか、そういう悲惨な奴等は幾等でもいるからな。
夢を追うのも良いが、墓石に頭下げなきゃならないとこまで意地を張りたくは無いだろう?」
『うん…。』

ふと、心に引っかかっていた疑問がよぎった…。
ひょっとして最後の言葉は庵西自身の事ではないだろうか…?
身の上話を聞いて大笑いした男が、何故親身になるのか不思議だったが
バカで不器用な後輩に、昔の自分を見たのかもしれない…。
10373/95 ◆XksB4AwhxU
『…リーダー。そろそろ準備の方よろしくお願いします、との事です」
カブラがテント幕から顔を覗かせ、ショーの開演を告げに来た。
「よっし。最後の舞台だっ!原作者さまもご覧になっている事だし、何時もより気合い入れて行くぞっ!」
バシッとネス子の背中を叩く庵西。
『うん…。』

その事を確かめる勇気が、どうしても出ない真由美は、しおらしく頷き
頭のスイッチを舞台仕様に切り替えた。

やはり庵西は、暑苦しく図々しく、頼りになる敵でなくてはならない。
この男をブチのめすまで、余計な詮索など不用なのだ。
『よっ、しゃぁぁぁっ!!』
面の頬を両手で叩き、よく判らない気合の入れ方をする真由美。
そして肉体の疲労も、余計な事を知ろうとする気持ちも、気合と共に吹き飛ばした。

別の言い方をすれば、《知る事で、何かが変わってしまう怖さから目を逸らした》…とも言える。
これも、甘えなのかもしれない…。
10474/95 ◆XksB4AwhxU
気合を入れれば、疲れも吹き飛ぶ…そんな意気込みは開演30秒で吹き飛んだ。
三者面談を受けた真由美も、予定にないグリをした3人娘も動きのキレはイマイチで
疲労の色は隠せない。
特に《祭りを楽しんで来い》と、嫌がらせ気味な親心で
ショーの合間に神輿を担がされたエイリアンズは、ゆぅまぁズより自分との戦いに舞台を移していた。

しかし、このイベント最後の舞台。
不様なアクションなど、見せる訳には行かない。
全員、目に流れこんで来る汗を振り払い、悲鳴を上げる身体に鞭打ちながら、
これまで励んで来た稽古の成果を見せ付けてゆく。

そんな中庵西は、ひとり元気だった。
唯一着ぐるみ姿ではないが、アドリブを効かせた芝居は決して楽ではない筈なのに…。
「ぐははははっ、どうしたどうした?祭りに浮かれて戦う気力もないか?」

それでも、この脂ぎったエネルギーはどこから来るのか?
ステージ上に立つ着ぐるみ達は戦いながらも、みな同じ疑問に悩んでいた。

一方、観客にまぎれショーを見物している原作者さまは、というと…。

            ・
            ・
            ・
10575/95 ◆XksB4AwhxU
「ふふふ、会場にお集まりのファミリー諸君。
都会での子育てが難しいなら灯乃に住んでは、いかがかな?
ここでの生活費は、家族4人で1万円!1万円のご奉仕!20年前のお値段です!
今すぐ紹介料の30万をお支払い頂ければ、この大自然に囲まれた…」

カブ『そこまでだっ!低所得層をターゲットにするディスカウント宇宙人ども!』

ポゴ『いくら自然豊かでも、
   田舎なら健全に育つと思込んでる、カンチガイ家族に来られるのは迷惑よ!』

「え゙ぇーーーいっ、また貴様らかっ!!何時も何時も邪魔しくさりおってぇぇぇっ!
♯ワシに何がして欲しいんだっ!
侵略か?このド田舎を侵略すれば満足するんか?あぁん?」

ツチ『ぎゃくぎれニョロ!』

ネス『侵略もせず、逆ギレ三昧の無気力怠惰な宇宙人!
   そんな反抗的な態度、万引バレした中学生だってしたりしない!
   死ぬ寸前にネタばらしした人だってしないわっ!』

            ・
            ・
            ・

変わり果てた、自分の作品を観て絶句していた…。

【 - 続 く - 】
11876/95 ◆XksB4AwhxU
【 - 夏の終わり ゆぅまぁズの終わり - 】


毎年、この時期この時刻。日の暮れた廃校跡は昼間とは違う顔を見せる。
灯乃盆踊り自治会が、同じ場所に同じテントを張る、お馴染みの光景。
ヤグラを中心に垂れ下がる《灯乃祭り》の文字が入った提灯(ちょうちん)が
淡い光を放ち、会場にいる浴衣姿の女性客をほのかに照らす。
盆踊り客を見込んで設置された露店の方も、夕刻には全店営業を開始し
ソースの匂いを漂わせながら、熱い鉄板をかき回している。

「只今より、第〇〇回納涼盆踊り大会を開始いたします。なお……お誘い合せの上、奮ってご参加下さい」

ヤグラの上から鳴り響いていたデモンストレーションの太鼓が止み、
年季の入ったスピーカーから開始の合図と、近所の暇人も呼び出せと言う、お知らせが流れる。
直後、耳をつんざく灯乃新小唄が流れ出し、それに合わせた太鼓がヤグラの上から鳴り響いた。
11977/95 ◆XksB4AwhxU
人々が輪になって踊り出す。
うなじが艶かしいお姉ちゃん(極々少数)も、普通に汚いオバちゃん(圧倒的大多数)も
短い夏のひと時を楽しんでいる。
そしてその中に、最後のお勤めに奔走する、ゆぅまぁズの姿もあった。

この盆踊りグリーティングの依頼が来たのは最後のショーが終わった直後で、
『たりぃから嫌。』
で、断れるのなら、断わりたい仕事だった…。

が、当然そんな理由で断れる筈も…と言うか口にする事も出来ず
死にそうな笑顔を浮かべながら快く承諾する、健気な娘達であった。
12078/95 ◆XksB4AwhxU
数種のオタクが集まった灯乃の町だが、最後の最後まで残ったのはショーオタで、
彼等は初日に観た《ぶっ飛んだアクションショー》の再見を期待し、
一週間足しげく通いつめたものの、願い叶わなかった不運な種族だ。

勿論、普段のショーがツマラなかった訳ではない。
ネス子はヤケ気味に弾け、ポゴ子はエロく、カブラはクールでツッチーはションボリしていた。

それにネッシーがマジックをくわえて書いたサイン色紙は、グーで殴り書きしたような味わいがあり
それが8種類揃った様は、まさに壮観。
思わず捨てるのを躊躇って(値段的にも)しまう有り難さだ。

でも、物足りない…。
何が物足りないかは、ショーオタにも判らない。
色紙を全種類集めれば何かイイ事があるのでは?と、淡い期待が肩透かしに終わったのも
原因の一つかもしれない。
12179/95 ◆XksB4AwhxU
そんな彼等が今、ヤグラの前に目を奪われていた。
視線の先には、ヒレを団扇代わりにして盆踊るポゴ子の姿…。
舞台では余り目立たなかったポゴ子が、浦安ネズミの如くダンスの主役を張っている!

思い掛けない光景にカメラを構えるのも忘れ、しばし見惚れるショーオタ達…。
やわらかな灯りの中、オバちゃんバックダンサーをはべらせ、たおやかに踊る様は
最後の最後に魅せてくれた夏の夜のスペシャルステージに他ならなかった。

その貴重な晴れ舞台を愛用デジカメで記録し、彼等は救われたに違いない。

            ・
            ・
            ・

と言うのがショーオタ視点で見た盆踊りの全てだが、これを一般人視点に変更すると
ノリノリで盆踊るアニメ着ぐるみと、誰もその事に触れようとしないオバちゃん達の
びみょーな空気流れるコラボレーション盆踊りに見えた。
12280/95 ◆XksB4AwhxU
盆踊り会場、午後8時03分…。

依頼直後は、不満たらたらだった他の3人も
ここまで来たら割り切る他なく、売れ残りの団扇を手にグリ盆踊りを根性で楽しんで?いる。

カブラは、見覚えのあるファンを見かける度、人差し指を口に当て
物欲しそうに露店を眺めた後チラ見するという、容赦の無いおねだり攻撃を楽しんでいた。

この戦術は、焼きソバ1 焼きモロコシ1 チョコバナナ1 綿アメ1 ラムネ1 リンゴ飴1 あんず飴2の
大戦果を上げ、イベントで疲弊しきった彼等の財布にトドメを刺した。
ケツの毛まで毟られた数人のオトモダチは皆、陰鬱な表情で財布を覗き込んでいるが
来年の今頃は、きっと良い想い出になっているだろう…。
中の池田はそう信じつつ、戦利品と共にホクホク顔?でテントに戻るのであった。

一方ネス子は、まとわり付いて来るガキ共を穏便に追い払う事に懸命になっていた。
団扇とネッシーを駆使し、何とか気を逸らして逃亡を謀るのだが
シッポの怪しい動きが子供の興味を引いてしまい、引っ切り無しにやって来る。
こいつらがシッポを引っ張ったりスカートを捲ったり、の見事な鬱陶しさで
ちぎってブン投げたい衝動に駆られながらも、優しいお姉さんキャラを忍耐で演じていた。

対称的にツッチーは通算23人目の子供(4歳未満)を泣かし、暗闇にまぎれションボリとしている。
可愛い顔の造形なのに何故か泣かれる。
何故かは、泣いた子供に聞いてみないと判らないが、白っぽい面に浮かび上がる
黄色の虹彩と赤い口が、自分を食べに来たそら恐ろしい怪物に見えるのかもしれない…。

このオーバーワークも甚だしい盆グリは、花火が打ち上がるまで続くのだが、
この時既に、彼女達の心境に微妙な変化が生じていた。
12381/95 ◆XksB4AwhxU
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《《《テェーテレテェーテレ♪∑ドンガドンドコドン!!》》》

子供達も楽しめるようにポンポコリンな太鼓が響く中、4人の姿は踊りの輪の中にあった。
ポゴ子は延々と踊り続け、カブラは腹ごなしで参加し、
ネス子は逃亡の果てに辿り着き、ツッチーは鬱から立ち直ってここにいる。

最初は、盆踊る事を躊躇っていた子供達も
吹っ切れた様に踊りまくる、ゆぅまぁズに勇気付けられ?
20分後には、会場に居る子供の約半数が踊りに加わっていた。(4歳以上)
これは、過去例のない現象で(例年は二割弱)
毎年、子供の参加問題に頭を抱える盆踊り自治会にとっては、大いに参考になる出来事だった。

しかし、当のゆぅまぁズは子供達を呼び寄せる為に踊っている訳ではない…。

この子供時間が終わる頃、花火が上がる予定になっており
ゆぅまぁズも、それを合図に引き揚げる手筈になってた。
それはつまり、暑苦しい着ぐるみからの解放されると同時に、お仕事の終了を意味している。

ラストショーが終わっても感慨など湧かなかった彼女達だが、祭りの雰囲気に当てられたのだろう…。
彼女達の踊りは、楽しんでいると言うより、終わりに抗っているように見えた。
まるで「踊っていれば祭りは、終わらん!」と言わんばかりに…。
12482/95 ◆XksB4AwhxU
《明日9時頃に迎えに来るから》

突然のグリーティングで暇のなくなった姉に、妹はそう告げて帰って行った。
結局、面を外す勇気が出なかった真由美は『…うん』と一言、返事するのが精一杯で
その様子を見ていた庵西は池田ばりの溜息をつき、影で見守っていた3人娘もやはり溜息をついた。

グリ中は忘れる事が出来たのに身体が踊りに慣れて来ると、どうしても明日の事を考えてしまう。
庵西は《負い目の原因は自分の心だ》と言った。
確かに母親も妹も、今の自分を笑いもせず馬鹿にもしなかった。(ボコられたけど…)
それでも心に燻る、ナニかの消し方がわからない。

そのナニかとは、妹に見せ付けられた《人生の差》から来る負い目と嫉妬だ。
それら負の感情がドロドロに混ざり合い、己のツマラないプライドにベッタリこびり付いている。
これを消すにはどうすればいいのか…?
妹みたいに成功すれば良いのか、何も見ない振りをすれば良いのか…?

明日、妹にどんな顔をして会えば良いのか…?
それさえも判らなかった。
12583/95 ◆XksB4AwhxU
《《《テェレレレッレッレレェ~ッ♪∑ドン…ガン…ドン…ガン…ドゥォォォォォン!!》》》

太鼓の余韻が、ゆぅまぁズの終わりを告げる。
それに合わせて、ポゴ子とカブラは両手を頭上に掲げ拍手し、ツッチーは胸の前で団扇を叩く。
だが、ネス子だけは呆然としたまま動かなかった。
どんなに疲れていても、客前では決して下げる事の無かった右腕が垂れ下がり、
この時を見計らったかの様にシッポのギミックが壊れ、その役目を終えた…。

夜空に大輪の華が咲き誇る。
祭りの喧騒は彼女達の感慨などお構いなしに続き、人々は次々と打ち上がる花火に歓声を上げていた。

(終わっちゃった…。)
気が付けば他の3人は、まっすぐ伸ばした手を子供達に向け振っている。
その光景を見て、ようやく我に返った真由美は、
ネッシーの口をパクパクさせ団扇でバイバイしながら、周りの子供達に別れを告げた。

しかし花火に魅せられた子供達の心に、ゆぅまぁズの居場所は既に無く、去りゆく姿を見ようともしない…。
真由美は、満面の笑みを浮かべながら夜空を見上げる子供達を見て
自分達の祭りが終わってしまった事を悟った。
それが何故か悲しかった。
嫌々やっている自分が悲しむ資格など無い筈なのに、あふれた涙が汗に滲んで消えてゆく。

こうして、ゆぅまぁズの夏は終わった。
暑い夏を熱い夏に変えてくれた彼女達にしては、随分寂しい幕引きだった。
12684/95 ◆XksB4AwhxU
【 - お家へ 帰ろう - 】


「山科真由美クンの七年ぶりの帰郷を祝いつつ、
無事の帰還を祈願し…焦魂塾ゆぅまぁチーム一同、万歳三唱よぉーーいっ…ハイッ!!」

「「「「 ばんざーい!ばんざーい!ばんざーい! 」」」」

突然の騒ぎに、何事かと窓から覗きこむ仲居さん達。
運転席の真奈美は苦笑し、助手席の真由美は顔を真っ赤にしながらも、この見送りに感謝してた。

この光画部OBみたいな見送りは、どうせろくに顔も会わせられんだろうと確信した庵西が
メンバーと共謀したモーニングイベントで、もちろん真由美には内緒だった。
月曜日の遅い朝、あさざ荘駐車スペースでの出来事である。

「おもしろい人達だね」
真奈美が車を発進させ、真由美に話しかける。
「まぁね…」
そっけない返事だが、その顔には笑みがこぼれている。
どうやら庵西に、また大きな借りが出来てしまったようだ。
12785/95 ◆XksB4AwhxU
「お姉ちゃんの周りは何時も賑やかで良いよね…。羨ましいなぁ…」
お互い黙ったまま5分程たった頃、真奈美がポツリとそんな言葉を漏らした…。

その言葉を、冷かし混じりのおべっかと解釈した真由美は
「…そんな事、《♯どうだっていいでしょ!》」
そう、吐き捨てるつもりで、運転席に顔を向けると…、

妹の横顔に憂いを見てしまった…。

「……より、まなの漫画買ったわよ」
「ホント?お姉ちゃん買ってくれたの!?」
「ホントだって。恥かしかったわよぉ。小学生に混じって、あの表紙をレジに出すのは…」
「ふふふ、じゃあ今度はもっと買い易い表紙にしてもらうね」
久しぶりに笑顔を交す姉妹。

(そう言えばこのコ、昔から人付き合いが苦手だったけ…)
漫画ばっかり画いている内に苦手になったのか?それとも孤独を埋める為、漫画に没頭したのか?
妹の事など、気にも留めなかった馬鹿姉ったので、今更知る由もないが、
《羨ましい》といった時、お世辞とか嫌味でなく本心で言っているのが、憂う顔から読み取れた。
ひょっとしたら、自分は妹が欲しくても手に入らないモノを持っているのかもしれない…。

真由美の中でわだかまりが薄らぎ、ポツポツと積もらせてきた話を喋り始めた。
12886/95 ◆XksB4AwhxU
            ・
            ・
            ・

「あんたねぇ…その格好……」
旅館から離れ、舗装された山道に入った頃
わだかまりが薄らいだ姉は、言おう言おうとしていた事を口に仕出した。

「え?何かおかしい?」
「おかしくないけど、上も下もユ〇〇ロとかム印の類でしょ?ブルジョワが着ていい服ぢゃ無い!」
妹のTシャツとカットパンツにイチャモンを付ける姉。

「でも、手頃だし面倒だし。どうせ外に出ない生活だから」
「…ったく。そんなんだから、あんな恥かしいコスチューム画くのよ…」
金持ってる癖にお洒落に無頓着。
欲しい服があったら、食費を切り詰めてでも買う姉から見れば信じられない人間だ。
しかし、パソコンと同額のシャツなんか着て来られたら、それはそれでムカツクだろう。

服に金を惜しまない生活が、真由美を貧乏足らしめる要因でもあるのだが
生活を省みず、趣味嗜好に注ぎ込む辺りオタに通じるモノがあるかもしれない。
12987/95 ◆XksB4AwhxU
「あんなって…お姉ちゃんが入ったネス子ちゃんの事…?そんなに恥かしかった?」
「白鳥の首付きチュチュで踊った時くらい恥かしかったわよ。ったく…」
「∑そんな事まで、してたの!?」
思わぬエピソードに驚きの声を上げる妹。
「…まぁ…劇団時代にちょっと…だけね…。弱小は大変なのよ…ウケる為には命も削るって感じで…
一応、ちょうちょマスクは着けてたけど…」
うっかり滑らせた口を、取り繕うかの様に言い訳する姉。

「ぷっ…」
真奈美はバツが悪そうにボソボソ話す姉を見て、思わず吹き出してしまった。
「何よ…そんなにおかしい?」
「うんん、別に。ただ昔と変ってなくて安心しただけ…」
真奈美は、久しぶりに再会した姉が、昔と変っていない事に安堵の笑みを浮かべた。
「何その言い方?まるでわたしが、昔からおかしな格好して踊ってたみたいじゃない」
「違うよ。昔から隠してたこと自分でバラしちゃう癖があったなぁ…って?お姉ちゃん?」
思い当たるフシが有り過ぎて、鬱々モードに突入してしまう姉。

「お姉ちゃん…?そんなに家に帰るのが憂鬱?」
「いぇ、そうーじゃない…。そーじゃないの…。ただ、思う所があって…」

思えばくだらない墓穴の連続で、こういう状況になってるのかもしれない…。
13088/95 ◆XksB4AwhxU
「お母さんには、もう会ったんでしょ?あの人が許してくれたならもう大丈夫だよ」
真奈美は姉が落ち込んでいる理由を、近付きつつある実家にあると勘違いしたようだ。
「…∑そう言えば、まな!
あの鬼がよく上京なんか許してくれたわね…?それも漫画家志望で…」
「うん。それ、お姉ちゃんのおかげ。
妹まで家出されちゃたまらないから、頼りさえくれれば好きにしていいって。
安いトコだけどマンション用意してくれて、仕送りまでして貰っちゃった♪」

(♯ンンンッ…ぢゃぁそりゃぁぁぁっ!!)
納得行かない…。漫画家とはミカン箱で原稿を画き、風呂にも入らず、
サルマタからキノコを生やして一人前なのに…。
だいたい、金持ち扱いされたら、嘘でも否定するのが礼儀ではないのか?
否定もせず、余裕の笑みで新車をコロがすなど人として許されるのか?
第一、姉の私でさえ免許証など…、
♯つーか、教習所通うゼニがねぇのに、この女はぁぁぁっ…。

方向性が定まらない怒りだが、要するに《貴様もビンボーというモノを味わえ!》と言いたいらしい。
突然不機嫌になる姉と、それに気付かず微笑みながら運転する妹。
2人を乗せた車は緑濃い山を越え、果樹園が広がる農道へ…。
13189/95 ◆XksB4AwhxU
もうすぐ桃から葡萄へバトンタッチする季節。あと2ヶ月早ければサクランボも楽しめただろう。
規則正しく並んだ木々が夏の風に揺れ、その懐かしい光景に真由美は胸が一杯になった。

「お母さん喜んでたよ。今年は畑の方も豊作だったって、一つ一つの出来も上々みたい。
家だけじゃ食べ切れないって困ってたよ」
悪意の無い一言が郷愁の思いを瞬殺する。

「出来の良さなら身を持って、思い知らされたわよ…」
気分を害された真由美は、自虐的な笑みを無自覚な妹に向けた。
「…???それどーいう意味?」
母の折檻を聞いてない妹は、顔中に疑問符を浮かべ問いかけたが、姉がそれに応える事は無かった。

車は一路、果樹園の中に建つ立派な門構えの家に向ってゆく。
気付けば、心の中のナニかは消えており、7年前のどこにでもいる姉妹の仲に戻っていた。

「何でもアリマセン…っと。さて、それじゃ!気合を入れて謝りますかっ!」
7年ぶりの懐かしい我が家。
胸を張って成功したとは言えなが、顔向け出来ないほど大失敗でもないだろう。
「お姉ちゃん…」
「…ん?」
「舞台。格好良かったよ」
「とーぜん!なんたって、わたしが主役なんだから」
ふふん!と、満面の笑顔を見せる自慢下な真由美。
そんな姉を見て、真奈美は懐かしく幸せな気分を噛み締めていた。
13290/95 ◆XksB4AwhxU
【 - エピローグと言う事で - 】


河西一(かわにし・はじめ24歳♂)は、
温泉マラソンを8日間走り抜いた只一人の漢(おとこ)だった。
宿泊費を浮かす為テントに寝泊りし、食事は事前に買い込んだカップ麺で済ませ(お湯だけは豊富)
ベルトの穴が2つズレても、彼は決して諦めなかった。
そして実用と保存用の抱き枕、計8個を入手にするという前人未到の偉業を成し遂げた。

このイベントに参加し同じ苦しみを分かち合った者は証言する。
やつれた表情で、4つの抱き枕が張り付いたテントを背負い、両脇に2つづつ抱えて歩くさまは、
十字架を背負ったキリストのごとき、荘厳さに満ち溢れていた…と。

しかし玄関に立つ彼を見た母親は限りなく一般人であり、その瞳に写るのは、
やつれ切った変質者以外何者でもなく…。
そのまま廊下に崩れ落ち、マジ泣きされるという痛過ぎるオチが付いてしまった。
彼が過ごしたアツイ夏は、残念ながら苦いサマーメモリーになってしまったようだ。
13391/95 ◆XksB4AwhxU
「まなみ先生、灯乃町からファックス届いてますけど」
都心にある静脈とかが鍵になっちゃうマンションの一室。
そこには先生と呼ばれる真奈美の姿と、それ程年齢差のないアシスタントの姿があった。

「んっ?ありがと…って、また灯乃…?今度はなに?」
「はい。何かHPの漫画を月一連載で始めて欲しい…見たいな事、書いてあります」
「それは、またキビシイお願いねぇ…」
「あと、新キャラも入れて欲しい…とも書いてありますが…」

イベントを終えた灯乃の町は、元の静かに寂れた町に戻り、平穏な日々が続いている。
ゆぅまぁグッズは通販を中心に、そこそこ売れ続けてはいるが
飽きられるのも時間の問題と見た山田は、早くも次の展開を模索するのであった。

「要するにテコ入れ依頼って事か…。来年もコレで町起しするつもりかしら…」

図々しいお願いに苦笑しながらも、真奈美はスケッチブックを手に思いを巡らせる。
私が頑張れば、ぬいぐるみ人形劇団の人達は、来年も灯乃に来てくれるのだろうか?
昔とまったく変わらない姉は、来年も弾けた演技を見せてくれるだろうか?
13492/95 ◆XksB4AwhxU
焦魂塾を勘違いしたまま思いは巡り、筆は紙上を走り出す。
そして、ラフで画いたスケッチブックには、
ワンピースになったポゴ子。パンツがミニスカートになり、ヘソ露出も消えたカブラ。
ツチノコベレー帽がツチノコ麦わら帽に変わり、フリルだらけのワンピースになったツッチー。
そしてネス子は右腕が普通の腕になりつつも、股間からプレシオサウルスの首が生えていた。

「先生…これは…?」
「ン~~ん…。ちょっと、おねーちゃんの意見を参考にね…。」
アシにイラストを見せながら含み笑いをする真奈美。

仲間に恵まれ幸せそうな姉に、嫉妬してもバチは当るまい。
今まで心配させられた分、これくらいの意地悪は御祝儀のような物だ。
この衣装を着た姉は、私を見た時どんな反応をするか…?
家族そろってニューネス子の活躍を目の前で見守ったら、姉はどんな演技を見せてくれるだろうか?
それを見る為だけでも灯乃に帰りたくなる…。

「このキャラクターでなら連載しますって、返信しといて」
ニッコリと笑う先生さま。
「あ、あの…」そして、何か言いたげなアシスタント。
多分、スキャナーの使い方が判りません…では、ないだろう。

残念な事に、真奈美以上に気が弱い彼女は
先生のご乱心を止められない、弱虫な自分を責める事で現実から逃げてしまった。
来年も灯乃には、熱い夏が巡って来そうだ…。
13593/95 ◆XksB4AwhxU
『ちょっと、ちづる!あんた、カブラの時身体のライン目立つとか、文句言ってたじゃない!
なんで戦隊のピンクはいいのよっ!』
『これは、相撲のマワシみたいに伝統的なモンだから』
『真由美さん似合ってますよ♪』
全身ピンクの池田が反論し、全身イエローの川原がブラックバス姿の真由美を慰める。
夏も終わりを告げ暑さも一段落したある日、焦魂塾の稽古部屋にはお馴染みの面々が集合していた。
『納得行かないっ!』
『あきらめろ』
『真由美さん似合ってますよ♪』

わだかまりが消えれば人間生まれ変れる…筈もなく、真由美は相変わらず惰性の中にいた。
ただ、この仕事を続ける上での、己に対する言い訳は、
《お金が無いから…》でなく
《みんなに借りがあるから》と《庵西をブチのめしてないから》に変わっている。

「うるせーぞサカナ!準備出来たならさっさと、コッチに来い!」
『サカナ言うなっ!』
庵西がホワイトボードをバンバン叩きながら、部屋の隅でくっちゃべっているヒロインと怪人を呼び寄せる。
今度の依頼は丹羽湖漁業協同組合の《外来魚撲滅キャンペーン》で行うステージイベント
《漁協戦隊ニワコンⅤ》のショー製作だった。
13694/95 ◆XksB4AwhxU
今回も庵西が悪の幹部として出る予定で、真由美もメンバーに決定している。
その事を危惧したショーチームの面々は、
またオカシなスイッチが入ってはタマランとばかりに、特製クジ引きを作成し
その結果、偶然にも怪人ブラックバッシング役を引いてしまう真由美だった。

『だいたい、ちかちゃんのワカサギ姫ってなによ!漁師に助けを求める魚なんているの!?』
「肉屋のキャンペーンでも、ブタとかウシが風船配るだろ?アレと同じだ」
『だから、諦めろって』
『真由美さん似合ってますよ♪』

真由美の抗議をあっさり否定する庵西達。
ちなみに沼越千佳の役はニワコンⅤに助けを求めるワカサギのお姫さま役で、
白のドレスにティアラだけの素の格好だ。

「まゆ先輩、似合ってますか?」
中学生の演劇部員にしか見えない沼越が
ふわりとドレスをなびかせながら、純粋かつ無自覚な挑発をする。
『……似合ってないって言ったら、代わってくれんの?』
「いやです。」
キッパリと断る沼越に軽い殺意を覚える真由美。
13795/95 ◆XksB4AwhxU
ひょっとして、コイツは《着ぐるむ仕事》が好きになったんじゃないだろうか?
文句をタレながらも、しっかり着ぐるんでいる真由美を見て池田はそう思った。

『納得いかなーーーいっ!!』
「♯だぁぁぁぁぁっ!るせーぞサカナ!黙って説明聞けっ!!」
『♯サカナ言うなっ!!』

(まったく…困ったモンだわ…)
マスクの中で苦笑いしながら、随分ゆるくなってしまった稽古場の空気を嘆く。
気の緩みが怪我に繋がる殺陣稽古が、こんな事で良いだろうか?
嘆きつつも池田は、この雰囲気に水をさす事が出来なかった。

『今回は味方同士なんだから、仲良くしろって♪』
『真由美さん似合ってますよ♪』

ピンクとイエローがそれぞれ、グロぶさいくなバス怪人の肩にポンと手を置き、諦めと覚悟を促す。
そして、真由美の中の微妙な変化に気付いた池田は苦笑いしながら。
川原は優しく微笑みながら。
この人生を一行に悔い改めないバカをいとおしく思うのであった。


【 - 終わり - 】