体験! 着ぐるみメイド(仮)

状態
完結
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7
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917
ディズニーの着ぐるみを着た人は秘密にしなきゃいけないってウワサ、ホント?
私は最近すごく変な着ぐるみ仕事を体験したので、なるだけ正確に会話を思い出して書きます。
私がバイトしてるコスプレ喫茶の先輩からのオファーでした。
先輩は私のあこがれの存在、なにしろ超美人で有名大学大学院生・・もっとも私だって感心してはもらえるレベルの大学2年生ですけど。
「あたしがやってる着ぐるみ仕事のかわりをさがしてるんだけど、体格が似てないと無理なの」
「私、着ぐるみは着たことないんです・・でも興味あります」
「仕事は、クライアントの自宅で着ぐるみ着てメイドをするの」
「自宅で!それって、エッチな仕事じゃあ・・」
「いやいや、違うの。着ぐるみ着てエッチとか、そういうんじゃないの。頼まれるのは普通の家事」
「クライアントはけっこう売れてる小説家なんだけど、着ぐるみが普通の家事をする・・そこが萌えポイントなんですって」
「大変なのは・・そう、まず買い物ね」
「外にいかされるんですか・・」
「そう、でも思ったより驚かれない。近所も慣れたのかも。それから・・普通10時から5時までなんだけど、そのあいだ着ぐるみ脱いじゃいけないの」
「7時間も脱げないんですか!じゃトイレや食事は?」
「トイレは全部脱がなくて大丈夫。食事はストローで口にはいるものだけ」
「とにかく一度やってみてよ。最初はあたしもいっしょに行くから。ね、お願い!」
数日後、私は先輩とクライアントの自宅にむかいました。
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住宅街のはずれの普通の一戸建てのチャイムを鳴らすと、あらわれたのは小太りで髪の薄い中年のおじさんでした。
「やあいらっしゃい。新人さんもとてもかわいいね~。僕は美人だけが着ぐるみを着る資格があると主張してるんだよ!じゃ、さっそくお願いします」
先輩にバスルームに案内され、着ぐるみを見せられました。
一目見て、人気アニメの女性型アンドロイドを着ぐるみ化したものだとわかりました。
秘書ロボットということでタイトミニのスカートにピンヒールのパンプス、派手なエナメルの原色、黒髪に白い顔、真っ赤な唇に切れ長で全部が黒い眼がクールビューティです。
「これは指先から頭部まで全部つながったゴムの全身タイツなの。だから手足の長さとか体型がぴったりでないと着られないのよ」
「まず裸になって、このタルカムパウダーを全身にはたくの。下に布タイツを着たほうが着やすいんだけど、直接着てくれっていうの。裏地もゴムだから、パウダーですべりをよくしないとだめなの」
私は指示どうりにして、背中のファスナーを開け体をいれました。かなり時間をかけやっと手足がおさまりました。
「最後に頭部だけど、ここもゴムでしょ、で呼吸は唇のあいだからだけ。だから頭をいれたら落ち着いて口の位置をあわせて。そこでうまく呼吸できなくてもパニックになってあわてて脱ごうとしたりしたらホントに窒息しかねないから」
私は頭をいれて顔をあわせました。眼は細かい孔がたくさんあいて視界は案外良好です。サイズもぴったりで、口をあけるとマスクの唇もすこしあいて呼吸ができます。
「あたしの声ちゃんと聞こえる?じゃファスナー閉じるわよ。この姿見で自分を見て、どう感想は?」
「これ・・初めての着ぐるみにはレベル高すぎるんじゃあ・・全身ゴムじゃあ、7時間もたずに暑さで倒れるような予感が・・」
「しんぼうしてよ~。じゃ、ご主人にあいさつね。着ぐるみはしゃべっちゃだめ、という人もいるけど、ここのご主人は着ぐるみがこもった声をだすのが好きなの。だからいつものメイド口調で応対して」
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「おまたせしました、ご主人様。どうぞご用事を申しつけください」
「いや~すばらしいプロポーションだね!よく似合ってる!けっこうけっこう」
「それじゃ、あたしは失礼します。終了時にまたむかえにきますから」
先輩はあっさり去ってしまいました。
「さっそくだけど、まず銀行で預金をおろしてきて」
「え!顔を隠して銀行にはいったりして、まずくないですか?」
「僕はお得意で、あちらも承知だから大丈夫。で、スーパーでこのメモの買い物をしてきて。よろしく」
私は玄関を出て、ドキドキしながら住宅街を歩き出しました。蒸し暑い天気でした。
ゆきあう人はこちらを見た瞬間は驚いた顔をしますが、すぐに無視するほうが多く、じろじろながめる人は少数でした。
かなりビクビクして銀行にはいりました。ATMには長い行列ができてました。
銀行をすませてスーパーにゆくと、ここも混んでいました。
私は視野のせまさでぶつかったりしないよう注意しつつ急いで品物を集め、レジの列にならびました。
前の女性の連れらしい10才くらいのかわいい女の子が私の脚をつついてきました。
「ねえねえ、おばさん、そのかっこう、暑くない?」
小学生にもおばさんとよばれたくない私は黙っていました。
「しゃべれないの~。あ、なか、おじさん?」
このナイスバディのどこがおじさんじゃ!と思いつつ黙っていました。
私の番がくるとレジのおばさんがいいました。
「袋、ご入用ですか?」
私は首を振りました。
「ポイントカードお持ちですか?」
着ぐるみに聞くな!と思いつつ大きく首を振りました。
「おつくりしますか?」
「いりません!」私は声を出しました。
会計をすますと、さっきの女の子がよってきました。
「やっぱりおばさんかあ~。ねえおばさん、お面とって、顔みせて!」
私はヒザを曲げ、顔をよせてできるだけやさしい声を出しました。
「ごめんね~今はとれないの、このお面」
「どうして~。あ、そうか、お面はチョー美人なのに、なかはすごいブスなのね!」
まわりから笑い声が聞こえます。私は頭だけ出して自慢の美貌を見せ付けてやろうかしらと思いました。
でも汗でドロドロの顔なんか見せたらまたにくたらしいことを言われるにきまってます。
「このお面よりはちょっときれいよ」それだけ言ってその場を離れました。
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戻ってチャイムを鳴らすとなかなか応答がありません。
カギはかかってるし、しめだしプレイ?と不安になったころ、いきなりドアが開きました。
「ごめん、遠くにいたもんで」
ご主人の笑顔がわざとやってるとしか思えません。
「あの、靴が脱げないんですけど、どうしたら・・」
「ちょっと拭いて、そのままあがって」
それから私は洗濯をして掃除をし、昼食に焼きそばを作りました。
私自身はチューブのゼリーにドリンクだけのお昼をすませ、食器を洗い終わると声がかかりました。
「次はゲームの相手をお願いするよ。ちょっとしたギャンブルだよ」
「君のお金をとったりはしないよ。単純に、君が勝ったらもう着ぐるみを脱いでいいよ。脱ぎたいでしょ?」
言われたとおり、もう脱ぎたくてたまりません。顔は汗でマスクが貼り付き、生ゴムの匂いが充満してます。
「賭けが単純だから勝負も単純がいい。ババ抜き連勝サドンデス。どっちかが連勝するまでやろう」
別室のちいさなテーブルとイスで二人きりのババ抜きを始めました。
素顔が見えないからちょっとは有利かな?と思ってるとまず私が勝ちました。
さあ連勝!と意気込むと負け、その後不思議に勝敗が交互になって終わりません。
ひょっとして、イカサマ?カードが裏から判るとか・・
だんだん興奮してマスクの中で歯をくいしばり、上気して息が荒くなってきました。
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8回目くらいに突入した時、玄関のチャイムが鳴りました。
「インタホンで聞いて。集金や届け物だったら、ハンコはドア脇の棚に、金はさっきので」
新聞の集金でした。ドアをあけると私くらいの年の男性でした。
かなり驚いた顔をしたので、ここで着ぐるみを見たのは初めてのようです。
ちょっと萌えさせてみたくなって、キャラっぽい声をだしておおげさに体をくねらせてみました。
かなり動揺して眼が泳ぎ、声がどもり気味です。
「ご苦労様~」最後に手を振って送り出しました。
部屋に戻ろうとするとそばにご主人がきていました。どうやら観察してたようです。
「勝負はおあずけにして、犬の散歩にいってきて」
また外回りか~。ちいさな犬だったのでちょっとほっとしました。
住宅街の路地を回っていると、おばさん二人がこちらを見てなにか話し合い、ちかずいてきました。
「あなた、学生さん?」
今の私の姿に対しては妙な話しかけかたですが、事実その通りなので
「ええ、大学生ですけど・・なにか御用ですか?」
「あなた、OO先生って、ご存知?」
「いいえ、ちょっと聞き覚えありませんけど」
「この先生はXXXXのウソを見抜いた日本一偉い先生なのよ!」
そういう話かい!まさか着ぐるみ姿で宗教の勧誘をうけるなんて・・
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「先生はすぐ近くにお住まいなのよ。あなた、今からお話をうかがいに行きましょう」
「いいえ、興味ありません」
「あなた、今すぐ行かないと一生損をするわよ」
「あの・・私のかっこうを見て、今すぐそういう場所に行けると思いますか?」
「あなたみたいな人に聞いてもらわなきゃいけないわ!」
あなたみたいな人って・・なんじゃそりゃ!
私は無視して歩きだしました。するとおばさん二人が両側から腕をつかむではありませんか!
「あなた、話を聞かないと絶対に損をするわよ!」「今すぐ行かなきゃ!」
まじで着ぐるみを拉致しようとするとは・・私はちょっと恐怖を覚えました。
あぶないおばさん二人を振り切り犬を抱いて走りました。
ほんのちょっとですが、こんなかっこうで走ったらやたら息が切れました。
太陽が照りつけ、ピチピチのゴムの中は蒸れ蒸れでめまいがしそうです。
散歩は切り上げ戻りました。
犬小屋に犬を戻し、今度はあずかったカギでドアを開けはいりました。
洗濯物を取り込んでたたんでいると玄関のチャイムが鳴りました。
インタホンを取ると戻ってきた先輩でした。
ドアを開けると私を見るなり先輩は言いました。
「どうだった!ねえ、この仕事、また出来そう!」
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「ごめんなさい!今回だけで勘弁してください~」
先輩の落胆した顔は、となりに「がっかり」という文字が浮かびそうなほどでした。
「どうしてもダメ?しんぼうできない?」
「このゴムタイツ、私にはちいさいのかも・・顔も胴体もピチピチに締め付けられて苦しくて・・」
「蒸れ蒸れだしゴムと汗が臭いし、酸欠でふらついてきてます~」
私は散歩でのおばさん二人組みやスーパーでの女の子の話をしました。
「いきなり波瀾万丈だったのね・・しょうがないか~」
やっと約束の時間がきて、拷問のような着ぐるみを脱ぐためバスルームに行きました。
自分でなんとかファスナーを開け、頭を脱ぐことができました。
素顔に浴びた空気がたまりません。
腕を抜こうとしましたが、ゴムが張り付いて抜けません。
「無理そうね、浴槽にお湯を張って、その中でゆっくり脱いで」
やっと全身脱ぎ終わって体を洗うと爽快そのものでした。
ご主人にあいさつをすませお宅から去りました。
帰途のあいだ、先輩は私にまたやってくれないかと説得をくりかえしました。
私はもういやですとことわり続けました。
あれから私は着ぐるみは一度も着ていません。
先輩はまだあのものすごいゴムタイツを着てメイドになってがんばってるそうです。
これが私の唯一の着ぐるみ体験でした。お読みくださってありがとうございます。