目覚めと自己愛(仮)

状態
完結
文字数
2,883
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9
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165飛竜 ◆NpXxXoZQmk
来た。
ついに来た。
リビングに正座している僕の目の前には1つの段ボール箱が置かれている。意を決しダンボールの封を切る。息があがり、手が震えてうまく開けられない。一度深呼吸を整える。しかし心臓は痛いくらい強く胸を打っている。この中にいるのだ。僕が長い間会いたかった人が・・・。ついにガムテープをはがし終わり箱を開ける。中には透明なエアクッションのベールをまとった彼女がいた。ゆっくりと神秘のベールをはがしていく。
彼女を見た瞬間、時が止まった。ショッキングピンクのカールしたショートヘアに金色の目の、透き通るような肌をもつ顔が小さい口で笑っている。頭には僕はすぐに他のパーツを取り出し、衣装を持ってくると、自分の服を脱いで肌タイツを着始めた。タイツは意外と伸縮自在で着やすかったが、しかし体に張り付いてくる。某最新水着もこんな感じなのだろうか。ネットの意見を参考にウレタンを削って胸や股や尻やのどに詰め物をしていたので体のラインは完全に女のものになっていた。レースの付いたショーツとブラジャーの上にパニエを着てお姫様らしい白いドレスをまとい、優しく体を締め付けられる刺激が心地よかった。最後に深呼吸して彼女の顔をかぶる。この瞬間、僕はこの世から消え、彼女が生れ落ちた。鏡の前にはおしとやかなドレスを着た、おてんばそうなお姫様がいた。
「やっと会えた」
「やっと会えたね」
「!」僕がしゃべるのと同時にどこからか明るい声がした。
166飛竜 ◆NpXxXoZQmk
「え!?誰?」
「私よ、アイだよ。レン」
アイ!?誰だ?僕は部屋を見回したが、僕以外には誰もいない。まさか・・・。
「まさか、君はこの着ぐるみなのか!?」
「・・・・・・覚えてないのね。私は着ぐるみであって着ぐるみじゃないわ。私はレン君のこと忘れたことないのに。ずっと見ていたのに・・・。覚えてないんだ・・・。ふふふふふふはははははあひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ・・・・ハアハアハァ」
突然甲高い狂った声が響いた。ぞっとした。鏡に映る笑顔はいまや、無邪気であるがゆえに恐ろしく残酷な狂気の笑みと化していた。
「レン君は私をあんなところに閉じ込めたのに・・・全部忘れちゃったんだ。ひどい、ヒドイ、酷い、ヒドイヒドイヒドイヒドイヒドイ・・・まあいいわ。私はやっとケン君を手に入れたもの」
手に入れただって・・・?まさかと思い面に手をかけるが・・・外れない。
「レン君はもうレン君には戻れないわ。今ここで死ぬから」
僕の思考回路はもう機能しなくなっていた。何が起こっているのかわからない。
「私が殺してあげる。そしたらレン君はずっと私のもの。レン君の体はアイとして残りの人生を生きるの」
167飛竜 ◆NpXxXoZQmk
なんということだ。突然知らない誰かがやってきて僕の体をのっとろうというのだ。
「こんな格好をすれば女の子になれると思ってるの?バッカじゃないのッ。このド変態。カス、穢らわしい豚め。私の知っているレン君はそんな人じゃなかったのに。こうしてやるッ」
すると着ぐるみの腕が勝手に着ぐるみの首に手をかけ、じわじわと締め始めた。
「すぐには殺さないわ。私がレン君から受けた苦痛をたっぷりと味わせてあげる。苦しんで死んでね☆」
何とか手を離そうとするが、体が言うことをきかない。そうしている間にも締め付ける力がどんどん強くなる。助けてくれ、死にたく・・・ない。
「『助けて』なんてよく言えるわねぇ。こんなときでも私の中で感じているんでしょ。鏡に映る悶絶した着ぐるみに興奮して、何枚も重ね着した衣装に弄ばれているくせに。おまけに私の中を汚らわしい液で穢してくれたわよねぇ」
アイの言葉攻めは続いた。だが意識が朦朧として、もう最後のほうは聞き取れなかった。もう駄目だ。そう思ったとき、一瞬女性の姿が脳裏をかすめ、同時に手が離れた。
ゲホゲホゲホゲホ。僕は必死に酸素を取り入れようとした。それと同時にすべてを理解した。
「どうして急に手をゆるめたんだ?」
「ほ、ほら、言ったでしょ、すぐには殺さない、ゆっくりと苦しめてから・・・」
「君は僕を殺す気なんかないんだろ。君は僕自身だ。僕の中の『女性』なんだろ」
168飛竜 ◆NpXxXoZQmk
コクリ。鏡に映る着ぐるみは小さくうなずいた。

僕は小さい頃、どうして男は女の服を着てはいけないのか分からなかった。どうして女の人はズボンをはいていいのに男はスカートをはいちゃいけないんだろう、と。僕にとってスカートなどの女性の衣服はかわいらしくて着てみたいと思っていた。だが僕は疑問に明確な答えが出せぬまま、いつしか忘れてしまっていた。

「あれは君のせいだったんだね」
コクリ。再び着ぐるみはうなずいた。
「私は女の子だもの。かわいらしいお洋服が着てみたかったのよ、悪い?」
軽く首をかしげて、アイは言葉を続けた。
「私、レン君のこと、ずっと好きだったの・・・。レン君は私を心の奥深くに閉じ込めてしまったけれど、恨まなかったわ。私はレン君のことをずっと見てきた。一緒に笑い、一緒に悲しんできたの。ある日、レン君が女の子になりたいって思って、着ぐるみを注文したとき、私のこと覚えていてくれたんだって、すごくうれしかったの。でもレン君は私のことを忘れていて・・・。それであんな意地悪をしちゃったの」
アイは僕自身だから、僕の体を動かせる。面が外れなかったのではなく、アイが僕の腕の動きを妨害したのだ。
僕は黙ってアイの言葉を聴いていた。しばしの沈黙の後、僕はある決心をして口を
開いた。
169飛竜 ◆NpXxXoZQmk
「ひとつになろう、アイ」
「え!?」
「僕は着ぐるみで誰かを具現化しようとしていたんだ。今になってようやくそれが誰か分かった・・・アイだったんだ。それにほら、君の着ている服は、ウェディングドレスなんだ」
「でも、私、レン君の子供を生んであげられないわ」
「いいんだ。僕はね、アイ、君と結婚したい。受け取ってくれるね?」
着ぐるみの右手はそばに置いていた小箱を開け、結婚指輪を取り出し着ぐるみの左手にはめた。
「私、喜んでレン君のお嫁さんになります」
そういうと着ぐるみの左手は小箱の中から指輪を取り出し、着ぐるみの右手にはめた。
「アイ、僕達ずっと一緒だよね」
「ええ、ずっとよ」
ウェディングドレスの着ぐるみは、鏡に映る着ぐるみに、そっと誓いのキスをした。


その日、僕とアイはついに結ばれた。精神的にも、肉体的にも。
170飛竜 ◆NpXxXoZQmk
人間誰しも性別に関係なく男性的な面と女性的な面を持っている。着ぐるみによって僕の中の女性の自我が目覚め動き出し、ついには僕の中で男性と女性がお互いを補完できるまでになった。僕は、自分ひとりで世界を完成できる。僕はいつでもアイと一緒にいられて
本当に幸せだ。着ぐるみに出会えなければ、自分の正直な気持ちを押し殺したままだった。


着ぐるみという存在に僕は救われたのだ。
<完>
171飛竜 ◆NpXxXoZQmk
>>169
左手にはめた→左手の薬指にはめた
右手にはめた→右手の薬指にはめた
172飛竜 ◆NpXxXoZQmk
>>166
9行目 ケン君を手に入れた→レン君を手に入れた
173飛竜 ◆NpXxXoZQmk
はじめまして。飛竜と申します。着ぐるみをきっかけにした自分の中にいる異性的自我の目覚めと自己愛をテーマに書きました。
意味のわからない作品になってしまったと反省しています。