とある撮影現場にて(仮)

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755コル ◆fgmglNcMcw
カシャッ カシャッ

小崎さんがシャッターを切る音が室内に響く。
ここは都内某所の撮影スタジオ。といっても、ただの西洋風の一軒家だ。
家具類が整えられているだけで、特別な設備があるわけではない。

今日はここで、ちょっと変わった撮影が行われていた。
なんでも、アイとレイという2人の女の子が、悪の組織から人々を守るという、
言ってしまえば昔からよくあるタイプのアニメがあるらしい。
小さな子供に大人気のアニメで、様々なグッズも販売され好評を得ているそうだ。

「本田君、機材全部1階に下ろして。アイとレイはちょっと休憩ね。次は階段のところで撮るから、移っといてくれる?」

そんな人気キャラクターなので、少女向け雑誌にはよく登場するらしい。
今日はその少女雑誌のワンコーナー用の撮影である。
元気溌剌娘のアイが、お淑やかなレイの家に遊びに来たという設定で、2体の着ぐるみを撮っている。

僕は小崎さんから差し出されたカメラを受け取りながら2体を見る。
赤いショートヘアのアイは弾けるような笑顔を、青いロングヘアのレイは優しそうな微笑を持っている。
キャラクターのカラーを象徴しているようだ。
二人の服もキャラクターに合わせたもので、アイは素足のホットパンツにTシャツとパーカーなのに対して、
レイは黒タイツにロングスカートとタートルネックのセーターという出で立ちだ。
756コル ◆fgmglNcMcw
まだまだ真夏顔負けの暑さが残る9月、着ぐるみには辛いんじゃないかと思う。
撮影環境のイメージ優先のために、この建物の殆どの部屋には空調が存在しない。
従って室内の環境は、日差しが無いこと以外は屋外と大差がない状況になっている。
いや、照明を当てられている2人には、外と同じかも知れない。
ところがアイの方は、シャッターが切られるたびに様々に動いて、まさに元気一杯といった感じた。
モデルのプロ根性と言ったところか。レイの中の人に比べて、遥かに慣れているという印象を受ける。
そのレイの方は、カメラにうまく視線があわなかったり、歩き方がぎこちなかったりと、見ているこちらが心配になってしまう程だった。
事あるごとに、小崎さんからレイへの注文が入っていた。

アイとレイは、小崎さんの「休んでて」という声に頷くと、首の後ろに手を持って行き何かを探しているようだ。
やがて、アイの後頭部が縦に割れ、中から肌色の布地に包まれた頭が出てきた。

そこだけすっぽりとくり抜かれていた顔は真っ赤に火照っていた。どこか幼い雰囲気の女性、木下さんだ。
ふぅ、と一息ついた彼女はアイの頭を床に置くと、まだ頭の後ろで格闘中のレイのもとへと駆け寄った。
こうして2人が近づくと、その身長差がよく分かる。アイの身長は、レイの肩ほどまでしか無いのだ。
下から見上げる形で木下さんがレイの後頭部に手をかけた。今度はすぐにできたらしい、レイの後頭部が縦に割れると、
アイ同様、ボスッという音と共に、肌色の布地に覆われた頭が出てきた。
くり抜かれた顔の部分から見えるレイの中の人、宮田さんの表情は木下さんのものより、幾分つらそうであった。やはり経験が少ないのだろうか。
757コル ◆fgmglNcMcw
この仕事が来たときには、かなり驚いた。なにせ着ぐるみを撮ってくれなんて全く初めての仕事だ。経験も何もあったもんじゃない。
それでも喜んで引き受けてしまったうちの台所事情、どうかお察し下さい。
その後、小崎さんと2人でネットにあった着ぐるみのキャラクターショーの映像を見て、着ぐるみをどう撮ればいいのかを研究したりした。
なにせ、2人とも着ぐるみを近くで見たことすら無かったものだから、どうすればいいのか全く分からなかったのだ。
その結果は、まぁなんというか、着ぐるみをうまく収めるのはなかなかに難しそうだということだった。
表情が固定されていることはもちろん、頭の部分と体の部分で素材が違うので、うまく色が合わせられないかもしれないといった
様々な不安要素が浮かんだのだ。とりあえず、いろんな状況に対応できるよう、できるだけ多くの機材を持っていくことにした。

朝8時、スタジオの前でモデルさんと合流。僕と同じくらいの身長の宮田さんと、宮田さんの肩ほどの木下さん。
2人ともそのままでも全然いいくらい綺麗な人だった。いや、美人の宮田さん、かわいい木下さんといった方がいいか。
とりあえず一通りの挨拶と打ち合わせを済ませると、宮田さんと木下さんは控え室に着替えに入り、
僕と小崎さんは、玄関で撮影するための準備に入った。
758コル ◆fgmglNcMcw
2人が控え室に入って30分ぐらい経った頃、控え室の扉が開き2体の着ぐるみが出てきた。
あの時は唖然として、思わず手が止まってしまっていた。ネットで見た映像とは全く違う2体の着ぐるみがそこに立っていたのだから。
本当にアイとレイがそのまま、現実世界に出てきたような、動く人形と言っても全く差支えのないような、
そんなマニア向けフィギアの造形にも巻けない姿だった。
いつまでも惚けている僕に向かって、アイがかわいく手を振ってくる。

「っあぁ、ごめん。思った以上だっからつい…」

気を取り戻した僕がそう言うと、アイが手を口に持って行き俯き加減に恥じ入っていた。その仕草のかわいさにドキッとしてしまい、自分でも顔に熱が登るのが分かった。苦し紛れに、

「え、えーと、玄関に小崎さんがいるから、そっちの方に行ってもらえる?」

と言うと、アイは体全体をつかって大きく、レイの方はコクンと頷いた。

「えっと、別に喋ってもらっていいと思うんだけど…大人しかいないんだし。その方が意思疎通が上手くいくと思うけど…」

と、僕が声をかけると、アイの方がイヤイヤとでも言わんばかりに首を振る。そして、こっちこっちと、手招きされた。
近づいて行くとさらに手招きされる。何か言いたいようだったので、ますますドキドキするのをなんとか抑えながらしゃがみ込み、耳をアイの顔に近づける。
759コル ◆fgmglNcMcw
「私達は、アイとレイなの。喋っちゃうとどうしても自分らしさが出てしまうから、喋らない。ということで理解してください、本田さん。」

小さな声で言われた最後の本田さんという言葉に、思いっきり反応してしまう。

「あっ、あ、はい」

しどろもどろしながら、なんとかそれだけを返す。
アイはこちらを覗き込むように位置を変えながら、先程と同じように手を口元に持って行くが、今度は笑っているように見えた。
その仕草にますます惹き込まれてしまう。すると突然、アイが手を下ろしたかと思うと、まだしゃがんだままの僕の顔にその顔を近づけてきて…ちゅっ…僕の頬にその唇でキスをした。
思いもよらぬことにしゃがんだ体勢のまま固まっていると、アイは何事も無かったかのように、レイの手を引いてパタパタと玄関に向かっていった。


………はっ、ついつい朝の事件を思い起こしてぼっとしてしまっていた。
小崎さんの僕を呼ぶ声に答えて、急いて機材をまとめて1階へと運んだ。
760コル ◆fgmglNcMcw
今日の撮影は、玄関から始まり、寝室、階段、リビング、テラス、玄関の順で行われる予定になっている。つまり今は2個目の寝室を終えたところだ。
いくら見事な造形と言ってもそこは着ぐるみ。より良い撮り方を試行錯誤していた影響で、現在の時刻は午前11時半。撮影開始から2時間半が経っていた。

機材のセッティングを終えたところで、2人を呼びに控え室へと向かう。
扉をノックしてから、撮影を始める旨を伝えた。中からは木下さんの「は~い」という返事が返ってくる。

しばらくすると、中からアイとレイが姿を現した。廊下に出た2体は僕の前に立つと、順番にゆっくりとその場で一回転する。
着ぐるみの状態では、自分の身だしなみがきちんと確認できないらしいので、僕が変わってチェックするのだ。
丁度レイが後ろを向き、その布に包まれたうなじが僕の目の前に来た時だった、僕はあることに気づく。

レイの首の部分に、汗ジミが全くないのだ。

事前に小崎さんと話し合った際、必ず問題になると言われたのが汗だった。
汗で布が濡れば、その部分の色が変わってしまう。そしてそれは当然、写真に出てくる。
それをどうするかが問題になったのだが、結局、良い解決策は浮かばなかったのだ。
しかし今現在、問題の汗ジミは2人のどこにも見られない。先程、寝室で頭を取った時の2人の顔を見るに、かなりの汗をかいている事は間違いないにもかからわずだ。
その事が非常に気になってしまうが、ついつい聞きたくる衝動を気力で抑えこむ。
761コル ◆fgmglNcMcw
ふと気がつくと、レイが「どうしたの?」とでも言いたげに首を傾げていた。

「あぁ、ごめん。2人とも大丈夫、完璧だよ。階段とこに行くからついて来てね。」

宮田さん、上手くなってるな。
そんな事を思いつつ2人を階段まで誘導する。

っと、アイが急に手を掴んできたのに驚いて、変なものでも触ったかのように手を引っ込めてしまうが、相手のビクっという動きを見て慌てて繋ぎ直してあげる。
途端に跳ねるように歩いて、嬉しそうにしているが、こちらの内心はそれどころでは無かった。
女の子と手を繋いで歩くなんて事は、これまでの僕ではありえないことで、そのことだけでもドキドキしてしまうのに、今手を繋いでいるのは唯の女の子ではない。
アイという着ぐるみの女の子なのだ。
おまけに手からはかなりの熱が伝わってくるにもかからわず、木下さんと僕とを隔てる1枚の布は、湿気というものを全く感じさせない。

それは10歩にも満たない時間だったが、僕の心臓は今にも破裂せんとばかりにバクバク鳴っていた。


「あれ、どうしたの、本田君? 真っ赤になってるけど?」

「へっ? あ、あぁいえ、すみません小崎さん。2人連れてきました。」

慌ててアイの手を離し、小崎さんの方へ送り出す。
小崎さんは、2人に立ち位置なんかを指示しているようだ。
762コル ◆fgmglNcMcw
何枚か試しに撮ったところで、小崎さんがレイに声をかける。

「レイちゃん、ちょっと腰が引けてるよ。スラっと立てる?」

なるほど、確かにレイの腰が引けてしまっている。おどおどとした感じになっていて、あれではせっかくの美貌が台なし。
何かを怖がっているようにも見えてしまっているが、実際中の宮田さんは怖いのかもしれない。
盛んに下を向いているところを見ても、足元がよく見えていないのが原因のようだ。

こうしてみると、宮田さんと木下さんの経験の差というものが、キャラクターにすごく大きな影響を与えているというのがよく分かる。
レイの動きには、中の人、宮田さんの存在を感じるところが多くある。まぁ、その度に「がんばってるなぁ~」とは思えるのだが。
一方アイには、こういった思いが浮かばない。レイ(宮田)だとすれば、アイ(アイ)なのだ。
今、アイの中には木下さんという女性が存在しているはずなのに、その存在は全く感じさせず、アイという着ぐるみの女の子だけがそこに存在しているように感じさせる。

木下さんはきっと、アイを認識して、僕を認識する。さらには、レイと宮田さんだって認識出来るだろう。
でも僕には、アイを認識することしかできない。宮田さんですら、レイの中にうっすらと認識出来るだけで、完全に認識出来るわけじゃない。

その事が、この場を支配されているかのような目の前の現実が、何故だかすごく悔しくて、でもどうすることもできなくて、
ただひたすらにモヤモヤとした時間を過ごすことになった。

そして事件は、唐突に起こる。
769コル ◆fgmglNcMcw
そして事件は、唐突に起こる。

「レイちゃん、もう1段降りてくれる?」

丁度、僕が小崎さんの指示に従ってライトの角度を調整している時だった。

「きゃっ」

という小さな悲鳴が聞こえた。僕は反射的に、声のした方を見上げようとして……それは達成されぬまま、勢い良く床に叩きつけられた。

「うおぉっ、大丈夫か?! 2人とも!」

小崎さんが慌てて叫ぶ声に答えて、床に倒れたまま手を振る。どうやら機材に突っ込むということは免れたらしい。

「イテテテ…」

と言いながら体を起こそうとしたが、重くて上手くいかない。
それもそのはず、僕の体の上にはレイが乗っていたのだから。
その体はうつ伏せの状態で僕の上に乗っていて、そのためこちらからは、青いロングヘアーが見えるばかりである。

「大丈夫?」

と声をかけると、コクンと胸の上で頷いた後、ゆっくりと体を起こし始める。
770コル ◆fgmglNcMcw
僕の心は、もはやそうとしか反応できないのか、先程の痛みなどどこへやら、その様に心奪われてしまっていた。
本来ならば、僕がさっさと動いて抜け出せばいいのだが、結局小崎さんがレイを支えて起こしてあげるのに任せるままだった。

「とりあえず一旦中断しよう。ここじゃ狭いからリビングの方へ移動で。本田くんも、機材そのままでいいから。宮田さん、立てる?」

小崎さんの声に、座り込んだままだった僕は慌てて立ち上がる。レイ、今は宮田さん? に手を貸そうとするが、当人は足首の部分を抑えていた。

「1段降りてもらったときに、踏み外してしまって…その時に捻ったみたいだね。2人でわきの下から支えていこう。」

レイが突然降ってきた理由に納得しつつ、小崎さんの指示に従って彼女を抱え上げる。

気がつけば、アイも階段を降りて来て、後を付いてきていた。
本来のアイならば、レイが階段から落ちた途端に駆けつけてきそうなものなのだが、それをしなかったということが、
アイの中に木下さんがいるということを思わせ、僕の心のなかに全く空気を読んでいない小さな喜びを生んでいた。

とにもかくにも、4人でリビングへと移動し、レイをソファに座らせてあげる。ちなみに、僕の方は打った背中が少し痛む程度で、他は何も問題はなかった。

気がつけば、レイのものだろうか、スーッハァーと大きな呼吸音が部屋に広がっていた。
先程まで、呼吸音が聞こえる事は無かったので、これまでは聞こえないようにしていたということだろうか。
771コル ◆fgmglNcMcw
「え~っと、木下さん。どうすればいいかな?」

小崎さんは中の人の名前で呼びかける。そういう状況ということだ。
アイも分かっているのだろう、先程までだったら「木下さん」と読んでも見向きもしなかっただろうに、今はコクンと反応している。それでも喋ることはないらしいが。

って、あの~木下さん。何故私の手を掴んでソファの後ろに引っ張るのですか?

アイは、レイの後ろまで僕を引っ張ると、レイの頭を指さした後、自分の頭を外すようなジェスチャーをする。

「え? 頭取るの? でもそれって木下さんがやった方がいいんじゃ…」

そこまで言ったところで、アイは自分の頭の後ろに手を回し、何やらやり始めた。自分のを外すのに手一杯だから、そっちをやれということだろうか。
恐らくはそういう事で間違いないんだろうけど、それは僕にとってある意味で地獄であった。確かに知りたい世界ではあるのかもしれない。
だが、知ってしまっていい世界ではないような、そんな気がするのだ。
だって、今中にいる2人は女性なのだから。僕はどうあがいても男性である。
超えられない何かを見せつけられるだけかもしれない。

とはいえ、今は状況が状況である。ここは男らしく、使命感を持って、未知なる世界の、扉を開くことにする。そう言い聞かせるようにして覚悟を決めた。
772コル ◆fgmglNcMcw
といっても、頭を取るところを近くで見たことが無いのだ。どうやったらいいのかが分からない。

とりあえず後頭部に手を伸ばして、なにか無いかどうかを探ってみる。しかし、髪の毛が邪魔になって思うようにいかない。
長い髪を書き分けているうちに、レイの頭部が随分と暖かかいということに気づく。まるで本物の女の子の頭を触っているかのように感じれられるほどに。
頭の表面でこの温度なのだから、中の温度はどうなっているのかと、ますます気になってしまう。
手を付ける前は、知ることを躊躇った世界、だが一度手を付けてしまえば、躊躇うことなどできなくなっていた。

はやる気持ちを押さえて、地道に髪の毛の間を探索すると、髪の毛が左右に綺麗に分けられる線を見つける。
そしてその線には、丁度ファスナーが存在していた。首の方に金具らしきものは無かったので、頭頂部へとその線を辿っていく。
頭頂部へとだいぶ近づいたところでついに、ファスナーの端についている小さな金具を発見した。

たまらずゴクッと、唾を飲む。これを開ければ、そこは完全に未知の世界。知りたいと願っても、叶わぬはずだった世界。

先程から、宮田さんはピクリとも動かない。ただスゥーッハァーと、その呼吸音だけが響いている。
773コル ◆fgmglNcMcw
指をゆっくりと、這わせるようにして近づけてその小さな金具をつかみ、ジジジ…、恐る恐る下げていく。
当然のことなのだが、開けた先から少しずつ左右に開けていき、宮田さんの頭部、それを覆う布の姿があらわになっていく。その様子に興奮を抑えることができない。
飛び跳ねる様に脈打つ心臓の音が、こまくを震わせた。

どれほどの時間が経ったのだろうか、僕はようやくファスナーを完全に外す事ができた。
「え、えっと、宮田さん? ファ、ファスナー、はっ外せた、よ。頭、取れる?」

これ以上は直視できなかった。開いたファスナー部に手を書けて開けば、僕の手で頭を取ることもできるだろう。しかし、それは耐えられない。

そう、知ったところでどうなるというのだ?
今ここで、知ることはできるかもしれない。
でもそれは、感じることではなく、理解することでもない。
僕は、所詮男だ。
僕がレイを、アイを感じ、その全てを理解することなどできることではないのだ。

だが、現実とは残酷なものだ。
レイは自らの両手をファスナーを開放したことで生まれた隙間に伸ばし、そのまま広げていく。
そこには、下から上に向かって、丁度靴紐の様に編まれ、結ばれた紐が存在していた。

レイは、自分の後頭部を開いたまま動かない。解いて欲しいということなのだろう。
今は、彼女の意思を理解できる自分が嫌だった。

だが、彼女の願いを無視することは許されない。固結びになっていた結び目を解くと、シュルシュルと、頭の裏側にある穴から紐を抜いていく。
紐が緩くなるに連れ、固定が緩くなったためか、彼女の呼吸音に連動して、手に暖かく湿った風があたる。彼女の吐息を直接、自分の手で感じる。
その温度と湿気に、彼女の中の真実に近づくどころか、かえって遠ざかってしまった用に感じてしまう。
774コル ◆fgmglNcMcw
ズルッ

残す穴が左右1つずつとなった時だった。レイの頭が前に傾き、後ろから前へと、徐々に肌色の頭が現れる。
やがて、ズボッという音と共に、レイの頭が取れた。フゥーーー、と宮田さんが大きく息を吐く音がするが、彼女の後ろにいるためにその顔を伺うことはできない。

「さっきはごめんね。重かったでしょ、大丈夫だった?」

「あ、あぁうn、大丈夫、大丈夫」

「手伝ってくれてありがと。自分だと上手く取れないんだよね」

「へ、へぇ~。大変だね」

ある程度分かっていたとはいえ、実際に中の人から言われると、かなり衝撃的だった。
宮田さんは、手近にあったタオルで顔を拭いている。

ガチャッ

突然、リビングの扉が開くと、頭を取った状態の木下さんが鞄を抱えて入ってきた。

「あ、外せた? 大丈夫、宮田さん?」

「あ、はい。本田さんが手伝ってくれたので…足首が少し痛いですね。すいません、迷惑かけちゃって」

「着ぐるみ初めてだったんだし。これ普通じゃないしね。しかたないよ。大変な怪我にならなかっただけでもよかった、うん」

木下さんはソファまで来ると、宮田さんにスポドリを手渡す。
775コル ◆fgmglNcMcw
「本田くんもありがと。小崎さんには今、氷を買いに行ってもらってるから。宮田さんは着替えてね~、このままじゃ何も出来ないし…というわけで本田くんは退室ね」

それだけを一気にいった木下さんは、早くもレイのセーターに手をかけている。僕は慌ててリビングを後にした。
木下さんが服を脱がしにかかった事だけが、慌てた原因の全てでは無かったのだが。

(続く)
780コル ◆fgmglNcMcw
どうも。時間が開いた割には短いです。しかたないね
ゴールデンウィーク(笑)だったんです。しかたないね
話の流れ優先なので内容も薄いんです。しかたないね
781コル ◆fgmglNcMcw
部屋の外へ出たものの、やはりさっきまでの一連の光景が頭から離れない。
なんとか気を紛らわせようと、さっきのゴタゴタの後放置されていた機材を整えていたら、小崎さんが袋を下げて戻ってきた。

「ただいま。宮田さんは?」

「今、木下さんに手伝ってもらって着替えてるみたいです。」

その言葉が終わるか終わらないかのところで、リビングの扉が開いた。
中から、アイの頭を取っただけの木下さんが現れる。

「あ、氷買ってきたよ。宮田さんはどう?」

「ありがとうございます。とりあえず来たときの服に着替えてもらいました。やっぱり足くじいてますね。腫れちゃってます」

「とりあえず、冷やそうか」

「ですね、こっち来てください」

気になった僕もリビングへ入ろうとしたのだが、その前に小崎さんに止められてしまう。
宮田さんを病院に連れて行くかも知れないから、車の中を片付けておけということだった。
782コル ◆fgmglNcMcw
おとなしく、車の中を片付けていると、先程の頭を取った木下さんの姿が脳裏に浮かんだ。ボーイッシュな服から飛び出した、木下さんの顔。
他は、非人間的な質感を持つその存在の中で、そこだけに見える人の姿というのがなんだか滑稽で、思わず吹き出してしまった。

「どしたの?」

後ろから突然かけられた声に飛び上がって振り返る。そこには、宮田さんに肩を貸す小崎さんの姿があった。

「宮田さんの足結構腫れてるから、念の為に病院まで連れて行くよ。本田くんは木下さんと中で待ってて。お昼先に食べてていいから」

「はぁ・・・分かりました」

小崎さんは、宮田さんを助手席に座らせると、自分も乗り込んでさっさと行ってしまった。
助手席に乗せるなら片付ける必要など無かったようにも思うのだが、とにかく2人を見送ってスタジオの中に戻った。

木下さんに声をかけ、2人で弁当を食べる。
木下さんは、頭以外はアイのままで弁当を食べている。慣れているの問題ないらしい。
それにしても、食べながらでも汗が止まらないらしく、しょっちゅうタオルを顔に当てていた。なるべく気にしないよう、全く関係のない話などして、食べ進める。
783コル ◆fgmglNcMcw
「ところでさ、本田君」

僕の弁当がほぼ空になった時だった。

「はい」

その声は、さっきまでの様子とは違い、真面目そのもの。
そこには、箸を置いてこちらを向いている木下さんの姿があった。
ややあって紡がれた言葉は、僕の頭を多いに混乱させた。

「レイになりたくない?」

「は、い?」

「いやだからね、レイになりたくない?」

突然の出来事に、色んなことが思い浮かんで、頭の処理が追いつかない。
レイになる?
僕が?

「そ、それって、レイの着ぐるみを着るってことですよね」

「もち。ちなみに拒否権は…」
784コル ◆fgmglNcMcw
あぁ、なんてことだろう。先程までは、その僅かな部分に触れることしか叶わなかった世界。
僕には理解することが許されなかった世界。
その世界に今、僕は招待されている?
レイを支配し、レイに支配される世界に?

気がついたら僕は言っていた。

「やります!」

「そっ、そう…」

木下さんが引き気味に苦笑している。

「これは…予想以上だわ…」

小さく呟くのが聞こえた。

(続く)