水族館

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完結
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493水族館 ◆ekeg7HJozo
観客の拍手に迎えられ、アシカショーが始まった。
アシカとトレーナーのお姉さんが登場。
ステージのセンターで、アシカが観客に向かって一礼。
お姉さんがアシカの紹介を始める。
『このアシカちゃんは、女の子で人間の歳でいうと20歳くらいです。
お名前はアヤちゃん、すごくがんばるので、みんな応援してね。』

それに対して子ども達が応える。
ショーは10分程で終わり、お姉さんとステージのセンターで一礼。
拍手の中、お姉さんの後をアシカもついてステージをあとにする。
アシカのその姿は疲れ切っているようにも見える。
494水族館 ◆ekeg7HJozo
ステージの裏でアシカはポリバケツに入れられて蓋をされる。
アシカは全く抵抗しない。
そして、台車に載せられてお姉さんが押して行く。
アシカ入りのポリバケツの行先は
ステージから離れた女子更衣室。
途中、お客さんが魚を鑑賞しているところも通る。
女子更衣室に入るとお姉さんはすぐに蓋をあける。
そしてポリバケツを倒してアシカを外へ出す。
外に出され横になったアシカの口を大きく開くとお姉さんは手を突っ込み何かを引張り出した。
引張り出されたその姿はまるで生レバーのような艶と色あいである。
口から内臓を取り出されたアシカは魂を抜かれたかのようにポリバケツによりかかっている。
497水族館 ◆ekeg7HJozo
その生レバーのような物体は呼吸をしている。
小さく速く同じ動きを繰り返している。
その物体をよく見ると頭があり、腕があり人間のようにも見える。
ただ足の部分は一つになっており、膝を曲げているのか厚みがあり短い。
その形はクリオネのような形をしているといった方がわかりやすいかもしれない。
そのクリオネのような形をした生レバーの胸には大きな膨らみが二つある。
お姉さんはその二つの膨らみが下になるようにする。
そして裏返した面、背中ところを触ってその部分を開け始めた。
すると、中から水着姿の女性が出てきた。
『綾香ちゃん、大丈夫?』トレーナーのお姉さんアキが声をかける。
『大丈夫です!なかなか慣れないですが。』水着にスイミングキャプを被り、汗だくになった綾香が応える。
501水族館 ◆ekeg7HJozo
アシカに入っていたのは、女子大生の青木綾香、二十歳。
生レバーのようなものを着ていたのはアシカの形を保つため。
アシカの着ぐるみはウエットスーツの素材で造られている。
内臓となる人間が動き易いように腕と尾ひれのところは薄く、その他は分厚い素材で造られていた。
当初、これでアシカに見えると思っていた。
しかし、綾香が入ってみるとブカブカでいかにも着ぐるみという感じだった。
そこで口を開けた状態で、中が見えても分からないように生レバーのような着ぐるみを着ることになった。
アシカの頭の部分はドライスーツなどに使われるよく伸びるゴム素材が使われた。
アシカの口を頭部分が変形するほど開いて着ぐるみに入る。
入ると言ったが、正確には自分では入ることができず、いつもアキに入れてもらう。
腕をアシカの着ぐるみの前足に通せば着用完了である。
アシカの口は柔らかいゴムの素材が使われているので頭を振ると、アシカが口をパクパクさせているように見える。
502水族館 ◆ekeg7HJozo
こうしてアシカになった綾香は、土日に11時と15時にショーに出ている。
そもそも何故こんなことになったかというと大学になってすぐに始めたバイトから始まり、不運が重なり今に至る。
504水族館 ◆ekeg7HJozo
物産店でラバーメイドとしてバイトをしていた青木綾香、有野有香、石脇彩乃の3人は高校を卒業後、同じ大学に進学した。
以前、バイトをしていた物産店は
高校卒業と共に辞め、3人でまた新しくバイトを始めた。
ただ、立っているだけのバイト。
楽だと思って始めたのだが、ただ
立っているだけというのはかなりきつい。
このバイトは服屋さんのショーウ
インドに立ち、10分毎にポーズを
変えるマネキンとなる。
505水族館 ◆ekeg7HJozo
ここの女店長の趣味で、マネキン
になるにはまず裸になり、黒いラバースーツを身に纏う。
このラバースーツにはファスナー
がなく、ネックエントリータイプ
になっている。
下着もすべて外し、生まれたまま
の姿になり身体中に滑りをよくす
るパウダーを塗っていく。
スーツの首の部分を少し開いて、
左足を入れる。
スーツの足先はソックスのように
なっているが、パウダーのおかげ
でするんと滑り込む。
中に入った空気を両手で引き上げ
るようにして抜く。
続けて右足、スーツの首の部分を
今度は大きく開き、右足を入れる。
腕にもよくパウダーを塗り腕を通し、最後に見た目にはのっぺらぼうにしか見えないラバーマスクを被る。
普通の人なら抵抗もあると思うが彼女たちはすでに経験済み、全く抵抗がなかった。
そんなこともあり即採用となった。
506水族館 ◆ekeg7HJozo
彼女たちは黒いラバーマネキンとなったあと、光沢を出すため自分たちで光沢剤を塗りあった。
中でも綾香が異常に感じるので、2人が競い合うように綾香に光沢剤を塗った。
感じ過ぎた綾香は服を着せられてマネキンとして立っているとき、下の口から涎を流していた。
そんなこともあり、すぐに立っていられなくなり店長に落ち着きのない娘だと思われていた。
507水族館 ◆ekeg7HJozo
それでもただ辞めさせるのは可哀想だと思った店長は、水族館で働いている友人が人手が足りないといっていたのを思い出し紹介してくれたのだった。
水族館のバイトには綾香だけでなく、有香と彩乃もついてきた。
バイトを始めて一週間で事件が起きる。
アシカの世話を担当していた綾香であったが、誤ってアシカを海へ逃がしてしまった。
小さな水族館では芸ができるのはこのアシカだけだった。
そのため、スタッフ達は困り果ててしまっていたが1人のスタッフが『アレ使えないですか?』と。
508水族館 ◆ekeg7HJozo
アレとは以前、アシカショーを宣伝するために造った精巧な着ぐるみ。
街中で水族館をアピールするために女性スタッフが入って、口のところから顔を出して宣伝していた。
新しいアシカが芸を覚えるまでの間、綾香は責任を感じて自分からアシカになることを申し出たのだった。
始めは上手く動けなかったがだんだん様になってきた。
綾香の鈍臭いところも愛嬌がありお客さんにはうけた。
509水族館 ◆ekeg7HJozo
有香も時期同じくしてトラブルを起こしていた。
爬虫類が好きでワニやヘビなどの爬虫類のコーナーを担当していた。
有香はワニがあまりになんでも食べるのが面白くなり餌を過剰に与え太らせ過ぎてしまい、
ほとんど歩くことができない体にしてしまった。
アシカショーと並んでこの水族館の売りであるワニの散歩ができなくなってしまった。
ワニの口をヒモでくくり、噛まれないようにして館内をリードに繋がれて散歩するというもの。
510水族館 ◆ekeg7HJozo
綾香とは違い半ば無理やり責任を取らされ有香はワニをやることに。
ワニの着ぐるみ製作は以前アシカの着ぐるみを造ってもらった会社に依頼。
急ぎということで、一週間ほどで着ぐるみは届いた。
早速、有香はワニに入って散歩の練習を始める。
ワニに入る前に有香は赤のウエットスーツを着せられた。
それも有香の顔も手もすべてを覆う特殊なもの、肌の露出が全くない。
ウエットスーツは背中のファスナーを開けて片足ずついれて行く。
足が入ると腰の辺りまで引き上げ、両腕を通して体を反らすように伸ばす。
最後に長い髪をまとめ、頭を押し込む。
そして手の空いてたスタッフに背中のファスナーを閉めてもらう。
513水族館 ◆ekeg7HJozo
有香はファスナーが閉まっていくごとに呼吸が苦しくなっているような気はしていた。
この特殊なウエットスーツは顔の部分には全く穴がない。
本来ならば目のところには小さな穴を開け視界を確保、口のところには呼吸用にホースを取付、
ホースの反対側はワニの鼻先にある呼吸穴に繋ぐように造られる筈だった。
しかし、急いで造ったため有香本人が着てから穴を開けることになっていることをこのスタッフは知らなかった。
ファスナーを閉め終わるとこのスタッフはワニの散歩でリードを引いてもらうスタッフを呼びに部屋を出ていってしまった。
521水族館 ◆ekeg7HJozo
始めは息苦しさと締め付け感を楽しんでいた有香だったが、どんどん苦しくなっていく。
たまらず『苦しい、開けて!』叫んでみるが全く反応はない。
有香は視界も奪われているので、スタッフが出て行ったことに気づいていない。
自分でファスナーを下ろそうと背中に手をやってファスナーを探すが、グローブのような手では見つけることができない。
焦って動けば動くほど苦しくなってくる。
必死に背中のファスナーを開けようともがいている時に、ワニの散歩を担当しているスタッフのユミが部屋へ入ってきた。
522水族館 ◆ekeg7HJozo
ユミの見た光景は赤いマネキンが動き回りながら背中の辺りを触り必死にに何かをしようとしている。
始め何をしているのかわからなかったが、ユミの方に顔が向いた時にわかった。
開いている筈の穴が全くない。
すぐに有香に声を掛けてユミは背中のファスナーを開けた。
有香は顔出してようやく呼吸ができた。
しかし、その顔には玉のような汗と疲労の色が見て取れた。
『大丈夫?』ユミが声を掛ける。
有香はユミの問い掛けに、うなづくだけで答えることができなかった。
523水族館 ◆ekeg7HJozo
しばらくたって、ようやく落ち着いた有香に穴を開ける位置の確認のため頭の部分を被ってもらう。
今度はファスナーは開けたまま。
目と口の位置を確認後、すぐに有香は顔出した。
もちろん、短時間でファスナーも閉めていないので苦しくないのだが、先程の恐怖が甦ってくる。
ユミは道具を使い器用に穴を開ける。
目のところは小さく、口のところは大きめに穴を開けた。
再び有香に着てもらい確認。
視界は微妙だったが、息はできる。
525水族館 ◆ekeg7HJozo
いよいよ、ワニの着ぐるみへ。
ワニにまたがるようにして、ユミがワニの口を大きく開ける。
ウエットスーツの表面はゴム素材になっている。
有香はウエットスーツに覆われた全身にローションを塗り、ユミの開けてくれているワニの口に体を滑りこませる。
ワニの中は柔らかいゴム素材でできているので、ローションを塗った有香は簡単にワニの中に収まった。
先程、ウエットスーツに閉じ込められたほどではないが息苦しくなってきた。
ワニの口の奥から、なんとか見えている視界にホースが伸びてきた。
『くわえて!』ユミの声に反応してホースをくわえる。
呼吸が楽にできる。
有香がくわえたホースの反対側はワニの鼻に繋がっていてたのだ。
526水族館 ◆ekeg7HJozo
少し大きめの声でユミが話し掛ける。
『苦しくない?大丈夫?、大丈夫だったら左手を動かして。』
その声に左手を動かすがワニの質感を出したリアルな着ぐるみのため、動かしにくい。
それでもユミには伝わったようで、
『じゃあ、歩く練習するね。』
と声が聞こえる。
有香はokの意味を込めて、2回左手を動かした。
『まず、右手と左足をゆっくりでいいから前に。』
『次は左手と右足で順番に動かしてみて。』とユミ。
ワニの着ぐるみの腹の部分にローラーが4つ付いており手足を少し動かすだけでも簡単に進むことができた。
527水族館 ◆ekeg7HJozo
ユミに言われるまま動かす有香。
スケートボードにうつ伏せになっているような感じで進むのがわかる。
ただ、外から見ているのとは違い着ぐるみの中ではかなり変な体勢になっている。
着ぐるみのワニの後ろ足が少し前よりについているので、中に入っている有香はお尻だけを後方へ突き出した状態になっている。
かなり変で苦しい体勢である。
お腹のローラーがなければ、とても動くことなどできない。
なんとか落ち着くポジションを探す有香。
そのとき、頭を抑えつけられ、わずかに見えていた視界がさらに狭まる。
528水族館 ◆ekeg7HJozo
ユミは散歩の時に使用する首輪を取り付けた。
首輪を付けたことでユミがなにか言っているのはわかるが、ほとんど声が聞こえない。
わからないので反応しないでいると急に頭が引っ張られる。
有香はさっき、ユミが練習するといったのだろうと思い歩き始めた。
しばらく練習したら、ワニから出してもらえると有香は思っていたが甘かった。
グイグイ引っ張られ、それに合わせて歩いているとなんとなく周りが騒がしくなってきた。
有香がヤバイと思ったときには悲鳴まで聞こえ始めた。
どうやらお客さんの前を歩いているようだ。
これではすぐにはワニからは出してもらえない。
そう考えると無性に早く出してもらいたいと思い始めたが、そんな思いに反して20分もの間館内を連れ回された。
529水族館 ◆ekeg7HJozo
ようやく静かな控え室に戻ってきた。
首輪を外されユミが『初めてなのによく頑張ったわ。』と声をかけてくれて、ようやく解放されると思った瞬間、別の声が聞こえてきた。
『早く、来て!』部屋を出て遠ざかっていく2人の足音。
足音ともに有香の意識も遠ざかっていった。
530水族館 ◆ekeg7HJozo
休憩室で綾香と有香の話をじっと聞いていた彩乃だったが、話が終わると『いいなぁ!刺激的で。それに着ぐるみ楽しそう。』と言って体を大きく仰け反った。
『そんなに着ぐるみやってみたい?』
その声にびっくりして3人は振り返る。
そこには彩乃と一緒に動物の世話や掃除をしているアスカがいた。
アスカの質問に目を輝かせ、彩乃が答える『ぜひ!』
アスカは『じゃあ、明日楽しみにしといて』と言って出て行ってしまった。
531水族館 ◆ekeg7HJozo
翌日、いつものように出勤してアスカについてある部屋へ。
そこには大きな箱がいくつかと、白いウエットスーツが掛けてあった。
『彩乃ッチ、私と体型変わらないよね。』とアスカ。
彩乃は黙ってうなづく。
『じゃあ、早速だけどそこの白いウエットスーツ着ちゃって。』
ウエットスーツは頭の部分まであり、全身をすっぽり覆う。
顔の部分は目のところと口のところに穴が空いている。
アスカは彩乃にウエットスーツを着せるのを手伝いながら、この着ぐるみを以前自分が着ていたことを説明してくれた。
533水族館 ◆ekeg7HJozo
アスカは体力に自信はあったが、きつくて辞めてしまったそうだ。
箱の中からは赤い堅そうなものが次々と出てくる。
途中で何かはわかってしまった。
この部屋で着替えるものと彩乃は思っていたが、着ぐるみのパーツを渡されて、『ついて来て!』といわれ、アスカの後について部屋を出る。
やってきたのは巨大水槽。
アスカは小さめのボンベを2つと潜水できるセットを持って来て準備を始める。
彩乃はいわれるまま水中メガネをつけ、ボンベ2つを背負う。
ボンベの1つは呼吸のための空気、これはレギュレーターを通して彩乃の口へ。
もう1つは真空になっている。
534水族館 ◆ekeg7HJozo
彩乃は着ぐるみのハサミに腕を、複数ある脚の2つに足を入れる。
この着ぐるみは巨大なカニ。
右のハサミの先には穴が空いていて、右手付近にあるレバーのようなものを掴むと、
先程の真空のボンベに繋がったホースが開いてハサミの穴から吸い込むことができる掃除機となる。
アスカは『じゃあ、甲羅取り付けるね。』といって、変な四つん這いになっている彩乃に甲羅を取り付ける。
外からロックしてしまうので、自力で外すことはできない。
レギュレーターをくわえて話すことのできない彩乃はただ呻くことしかできなかった。
床をモソモソ動くことしかできない彩乃に『少しそのままで待ってね』と声をかけるとカニなった彩乃は動かなくなった。
535水族館 ◆ekeg7HJozo
アスカもウエットスーツに着替え始める。
さすがにカニだけを水槽に沈めると上がってこれなくなるので、アスカも一緒に入る。
潜る準備をしてから先にカニを水槽へ、それに続くアスカ。
カニはゆっくりと沈んでいく。
水槽の前にはお客さんが多数こちらを見ている。
中には子供たちが嬉しそうに手を振っているのが見える。
事前に掃除することは聞かされていたので、彩乃はアスカに運んでもらった箇所で掃除を始める。
しかし、水中で着ぐるみを着て掃除。
初めてで上手く行くはずもなく、すぐに真空ボンベは水で満たされて動けずさらに沈んでいく。
水槽の前のお客さんに愛想を振りまいていたアスカであったが、すぐに異常に気づき彩乃を引き挙げてくれた。
彩乃の甲羅を外して、アスカが尋ねる。
『どうだった、着ぐるみ!』
短い時間だったが、すっかり疲れた彩乃の姿がそこにあった。
しかし、彩乃は顔上げ『しんどいですけど、みんなに喜んでもらえて楽しいです!』と笑顔で答えた。

*****おしまい******